東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

53.「薩埵峠」

由比宿を過ぎ、寺尾・倉沢という地区の静かな街道を歩いて行きます。
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そして眼前に現れた急坂を登って行くと、
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左手に駿河湾が広がります。
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とっても開放的!

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みかんの木 に 静岡らしさ を感じながら
後ろを振り返ると、

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富士山がこちらを見ています。

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心を弾ませながら坂道を登って行きます。

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駿河湾

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富士山。

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みかん。

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やっぱり富士山!!

高揚感に包まれて、足取りは非常に軽やかです。

ここは「薩埵峠 ( さったとうげ ) 」

富士山が望める景勝地であり、歌川広重の浮世絵に描かれています。

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澄みきった空
白い雲を身にまとう富士山
深く青い海

薩埵峠は、急斜面と海に挟まれた交通の難所です。
現在は、国道1号東名高速道路JR東海道本線といった重要な交通網が集中しています。

かつては重要な戦略地点でもあり、度々合戦の舞台となったそうです。
(南北朝時代には 足利尊氏 対 弟の足利直義 /
戦国時代には 武田信玄今川氏真北条氏政)


今日は絶対に晴れてほしかった。
この景色を見たかったから。

眼に映る空と海のように、嬉しさで満たされた気持ちがどこまでも広がります。

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思い返せば当ブログ開設時、最初の記事に載せたのは この薩埵峠から望む富士山の写真でした。

tokaido-aruki.hatenablog.jp

(当初の甘い見積もりに反して、ブログの更新は非常にゆっくりとした速度を保っています。)

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年の瀬だということを忘れてしまいそうな、日差しの明るい のどかな峠道。

みかん運搬用のレールが敷かれています。

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ハイキングを楽しむ家族連れの姿も見受けられました。

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本当に素晴らしい眺めです。
広い海と、海岸に沿った道路の対比が何とも言えません。

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ありがとう、富士山。

しつこいくらいに後ろを振り返り、名残を惜しみながら峠を下ります。

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麓に下りてきました。
地元の方と思しき年配の女性がゆっくりと歩いています。

今日は暑いねぇ。
本当に、良いお天気ですね。

言葉を交わしながら、晴れやかな気分で次の宿場へと向かいます。

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52. 年の瀬迫る由比の宿場をゆく

これは好機です。
年末に我が故郷へ帰省する際、東海道新幹線を利用せず 各停列車で参りましょう。
途中下車して「東海道五十三次」を歩けば 一石二鳥
2つの目的を同時に果たすことができ 旅費も抑えられます。

2016年の足音を間近に聞きながら
東海道歩き 第10日目がスタートします。

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2015年12月29日 (火)
早朝から 帰省を兼ねた電車に揺られること4時間。

様々な人との触れ合いに心を満たしながら、
暮れゆく町を足早に通り過ぎたのは3日前の夕方のことでした。
今ふたたび蒲原駅に降り立ちます。

歩き始めてほどなく、江戸から16番目の宿場
「由比 (ゆい)」に足を踏み入れます。
かつての宿場の雰囲気が残る町並みです。

暮れも押し詰まり 静かな街道の朝は
新たな年を迎える人々の息づかいで活気付いています。

由比といえば「桜えび」。
直売所の前を通りかかりますが…

年越しの準備に追われているであろう人々の日常に
時の流れの異なるよそ者が割り込むことをためらう気持ちが湧き起こり、
立ち寄ることなく通り過ぎます。

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本陣屋敷跡の "由比本陣公園" と "東海道広重美術館" は、年末年始で休館。

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本陣の向かい側
"正雪紺屋 (しょうせつこうや)" も閉まっています。

この紺屋 (染物屋) は江戸時代初期から400年以上続き、
幕府の転覆を企てた軍学者由井正雪 ( ゆい しょうせつ ) の生家であるとか。

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清水銀行 由比支店の出張所
( 旧庚子銀行本店 / 大正14年竣工 )

由比宿の西木戸 (出入口) を過ぎ、由比川を渡ります。
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駿河湾沿岸を通る 東名高速道路国道1号JR東海道本線、そして今歩いている旧東海道

JR由比駅付近の由比漁港には足を運ばず、旧道は少し内陸に向かいます。

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歩道橋を渡り、本日いちばんの目的地まで あと3km。

51.《今昔比較》蒲原

東海道五拾三次之内
蒲原 ( かんばら ) - 夜之雪 -
〈 江戸より15番目の宿場 〉

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山も宿場も深い雪に覆われ、静寂の中を3人の旅人が 足跡を残しながら歩いて行きます。
蒲原夜之雪 は、55枚の浮世絵の中で唯一 雪の情景が描かれており 名作と称されています。

しかし 蒲原は温暖な地域で、豪雪地帯ではありません。
一説には、越後国 (新潟) にある "蒲原" と
イメージを重ね合わせた作品だとも言われているようです。

2015年12月26日 (土)
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昭和35年 国際文通週間の記念切手に採用されたとき、記念碑が建てられたそうです。

宿場内には 本陣・旅籠・商家など、昔ながらの面影が残されています。

" 御殿山 " に長居してしまった私は 往時の町並みにゆっくり思いを馳せることもままならず、日が沈みゆく蒲原の宿場を足早に通り過ぎました。

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旧五十嵐歯科医院
大正時代に町家を増改築した建物で、外観は洋風・内観は和風とのこと。

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志田家住宅主屋
「ヤマロク」という屋号で味噌や醤油の醸造を営んでいた商家です。

50.《今昔比較》吉原

東海道五拾三次之内
吉原 ( よしわら ) - 左富士 -
〈 江戸より14番目の宿場 〉

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" 左富士 " と呼ばれる街道の名勝です。
曲がりくねった道を行く旅人や馬の姿が描かれており、富士山は松並木の間から左側に姿を見せています。

2015年12月26日 (土)
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工場や住宅が建ち並ぶ中、1本だけ残る松の木が 往時を偲ばせます。

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49. 富士山を独り占め - 御殿山さくらつりばし

蒲原 (かんばら) は、"東海道五十三次の旅" において 非常に思い出深い場所の1つとなりました。

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東名高速道路を渡り 富士市から静岡市に入ります。
住宅地の坂道を勢いよく下って行くと そこは「蒲原宿」の東木戸 (ひがしきど)、宿場の江戸側の出入口です。

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東海道五十三次歩きの目印。
静岡県内では このデザインの案内板を度々見かけます。

蒲原宿で特に興味を惹かれたのが
「御殿山 (ごてんやま)」と「さくらつり橋」
なんだか素敵な響きです。
かつて徳川家康の " 蒲原御殿 "  で使う薪などを採った山であったため この名が付いたとのこと。
そして、桜の名所であるとか。

街道から右に入って行き、登山口を探します。
どこから登ればよいのか迷っていたところ、地元の方に巡り会います。

小ぶりで愛らしい わんころ を連れて お散歩している 気品のあるご婦人。

少し勇気を出して尋ねてみます。
「あの… すみません。さくらつり橋にはどうやって行けば良いですか?」

すると、とても優しい笑顔で親切に教えてくださいます。
「何かあったら大声出すのよ。すぐに飛んで来るから。気をつけてね。」

お礼を言いながら 登り口に向かい、
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足取り軽く登って行きます。
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ふと顔を上げると、坂道の上に1人の男性の姿が。
「こんにちは」

言葉を交わすうち、私は声を弾ませ伝えていました。
「東京から東海道五十三次を歩いていて、電車移動には青春18きっぷを利用しているんです。今日も日帰りで来ています。」

「各駅停車の電車で… そういうのいいなぁ、僕は そういうの好きだなぁ。
ゆっくり時間をかけて移動するのは面白いでしょう?」

"おじいさん" とお呼びするなんてとんでもない、足腰が非常にしっかりしておられる "人生の大先輩" です。
御殿山周辺には何度も足を運ばれていて、今日は何処其処のルートを周っているのだそう。

広い見識と 長年の経験を積み重ねてこられたことをうかがわせる風采です。
御年84歳。

「ここから見てごらん。あれが伊豆半島で… 」
はるか見下ろす景色は とても綺麗です。
私の知識不足のため、せっかく教えていただいたにも関わらず 分からない地名もありました。

「物事というのは 頭の中で考えているだけじゃなくてね、ぶつかってみて 初めて分かることがあるんだ。

自分がそのとき感じたこと・得たものを貯めて (蓄積して) いくと良いんだよ。」

私の人生の積み重ねは 大先輩に到底及びませんが、言葉の1つひとつが心に深く響きます。

束の間ですが 共に山道を登ります。

「じゃあ僕はこっちに行くから。」

お会いできて良かった。
今後の人生における何かが、心の中で揺り動かされました。

そして私は「さくらつり橋」へ。
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橋を渡り さらに登って行くと
「御殿山広場」に辿り着きます。

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広い空、あおく深い駿河湾と、沿岸に建ち並ぶ工場群。

広場の先は「狼煙場 (のろしば)」です。
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原城の狼煙を上げていた場所とのこと。
(本日は蒲原城まで足を延ばせませんでしたが、また日を改めて… )

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今日は なんて素晴らしい日なのでしょうか。
誰もいない空間で富士山を独占し、満ち足りた気分になります。

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物見台に昇ってみたものの、急角度のハシゴを降りるときに足が震えます。

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この景色、いつまで見ても飽きません。
甘いパン と 塩気のあるパン、麓にある手作りパン屋さんで仕入れてきた甲斐がありました。

次第に西から冬の陽に照らされ 赤く染まりゆく富士と麓の町並みを見ながら、ただただ 感慨にふけることだけに 時を費やします。

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広場の外れに ローラー滑り台 を見つけます。
滑ってみたい、けれど摩擦でズボンが破れるのではないかと懸念されるため…
腕と脚に力をこめて 少しずつ滑ります。

…ッシャーン… … …

気を緩めた隙に 一瞬にして下まで辿り着いてしまいました。
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依然として人の気配は全くありません。
本当に ずっといつまでも 滞在していたい気持ちでいっぱいなのですが、すぐそこまでタイムリミットが迫っています。
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もう1つの "ローラーではない滑り台" を滑ることなく、もと来た道を下り始めます。
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さくらつり橋まで戻ってきました。
すると突然…

「きゃぁーっ!!」

女性がこちらを見て叫んでいます。

「びっくりしたぁー!」

先方の身になって考えてみると、近所を散歩中に得体の知れない人 (もしや動物?) が突然現れる… これは極力関わりたくない状況です。

「この山、イノシシが出ることもあるんですよ。勇気ありますね!」

… いいえ、勇気ではありません。無知なだけです。

20代と思われる女性で、親戚だという幼い女の子と一緒でした。

例により、東海道五十三次を歩いているという話をして、今日は吉原から歩いて来たんですよ、と。

今回 吉原で食べそびれた " つけナポリタン" ですが、彼女はもちろん食べたことがあるそうです。

「うちは、あの◯◯色の屋根の家なんですよ。」

ほんの短い時間でしたが、一緒に山を下りながら お互いに休むことなく話し続けました。

麓から一番近いのは「新蒲原駅」ですが、今後の行程を考えて 今日は1つ先の「蒲原駅」まで行かねばなりません。

彼女たちに見送られながら、日が翳りつつある蒲原の宿場を 足早に通り過ぎます。

街道をゆっくり散策するつもりでしたが、御殿山に思いのほか長居してしまいました。

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宿場の西 (京側) の出入口である 西木戸 を過ぎ、あとは県道396号を一直線。
右も左も見ることなく、ひたすらに駅を目指します。

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駆け足で電車に乗り込み、17時半には車窓から、暗闇に覆われた蒲原の町に 別れを告げていました。


さくらつりばしに呼び寄せられて
偶然出会った名も知らぬ人たち。

さくら咲くころに訪れたなら
再びお目にかかれるでしょうか。

いつの日か、きっと。

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★第9日目
2015年12月26日 (土)
吉原→蒲原
   資料上の距離 : 11.1km
   歩数計 (1日) : 23.53km / 36,844歩

48. 富士市・富士山・富士川

青い空 と 白い山。
ささやかに交わす挨拶。
浮き立つ心、軽やかな足取り。

時は平成、27年12月26日 正午。
処は駿河、吉原 (よしわら) と 蒲原 (かんばら) の間にて。

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本日は いつでも富士が すぐそこに。

ほどなくして、広々とした土手に出ます。
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" 雁堤 (かりがねづつみ) "
日本三大急流の1つである「富士川 (ふじかわ)」の洪水から新田を守るため、江戸時代に築造された大堤防です。
難工事に取り組んだ古郡 (ふるごおり) 氏が3代にわたり 50年もの歳月をかけて完成させた2.7kmに及ぶ堤防。
雁が連なって空を飛ぶ様子に形が似ているため、" 雁堤 " と名付けられたそうです。

そして、何と言っても…
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土手から見える富士山が大変素晴らしい。

地元の方々が散歩やジョギングをしています。
富士山が身近にある生活。
この地に暮らす人々を しっかりと見守る富士山。

春には桜、秋にはコスモス と ヒガンバナ
広々とした堤防一面に咲くそうです。

花の咲かない冬でさえ、優美な富士山を眺めて心が解き放たれるのに、季節ごとに花が咲き揃ったなら どれほど見事な景色となることでしょうか。

このまま土手を歩き 解放的な気持ちで進めば良かったのですが…
律儀に旧街道に戻り 車が行き交う県道を歩きます。

まもなく富士川を渡ります。

川の手前に「水神社 (すいじんじゃ)」と「渡船場跡」があります。
江戸時代には船で渡っていたようです。

現在は橋が架かっていますが…
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天下に聞こえた急流。
歩道は狭く、足がすくみます。

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地元の方は平気な顔で、自転車に乗って走り去ります。

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右後方を振り返ると富士山が。
手に汗握りますが、写真は撮りたい。

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やっぱり富士は素晴らしい。

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ああ、怖かった…
川幅の広い富士川を、無事に渡ることができました。

この先 静岡には、安倍川・大井川・天竜川 が待ち受けています。
どのような河川なのか恐れる反面、楽しみでもあります。

富士川を渡り しばらく進み、間の宿「岩淵」を通ります。
住宅地の中で道を間違え、行ったり来たり
まるで不審者のようだと思いながらも…
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足元にあるプレートの " 東海道 " の文字と、
弥次さん喜多さんのイラストに励まされながら歩いて行きます。

岩淵の一里塚 (江戸日本橋から37里目) を過ぎ、

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人の背丈ギリギリの高さの地下通路への階段が目の前に。

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この上を 東海道新幹線が走っています。

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この道で合ってるよね?と思いながら進み、

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東名高速道路の上を渡ります。

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フェンス越しにも富士山が。

富士市を抜けて 静岡市に入ります。
次の宿場、蒲原まで もうすぐです。

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ところで富士川と言えば、上流は山梨県を流れ 川と並行してJR身延線が通っています。

遡ること9ヵ月、身延線の列車に揺られ 山梨県身延山久遠寺」を訪れた記憶が蘇ります。

当時の様子を、姉妹ブログに記しています。
     ↓

kakuchi-meguri.hatenablog.jp

 

47. 冬晴れの東海道、富士は右にも左にも。

年の瀬迫る 2015年12月26日 (土)
AM9:30 JR吉原駅からスタートします。

前回 (12月20日) は 駅の南口から入り、帰途につきました。
今回は 駅の北口から出て、東西に走る東海道本線の線路を横断します。

この辺りは「元吉原」と呼ばれ、以前はここに " 吉原宿 " があったそうです。
しかし度重なる高波や津波の被害により、内陸の「中吉原」、さらには「新吉原」に移っていったとのこと。

紙の工場が建ち並ぶ町を歩き、田子の浦港に流れ込む 沼川 に架かる " 河合橋 " を渡ります。
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心も晴れ晴れとするような 良いお天気です。

そして「左富士神社」で両手を合わせます。
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" 左富士 (ひだりふじ) "
この響きに憧憬の念を抱きます。

東海道を東から歩いていると、
富士山はいつも右手に位置していますが
道のうねりのため ここでは左手に見えるそうです。

左富士と言えば、以前にも名所がありました。

神奈川県の " 藤沢宿 " を過ぎ 茅ヶ崎市に入ったところ、「南湖の左富士」と呼ばれる場所です。

※ 当時の様子を、当ブログ過去記事に載せています。

tokaido-aruki.hatenablog.jp

南湖では、あいにくの曇り空のため 富士山を見ることは叶いませんでした。

ここ吉原では、いかが相成りますでしょうか…

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!!

頭を雲の上に出した富士山が こちらを見ています。

" 正面富士 " を眺めながら信号が青に変わるのを待ち、この先 工場の隙間から 束の間の " 左富士 " を楽しみます。

" 右富士 " に戻った頃、和田川 に架かる橋のたもとに 「平家越え」と書かれた石碑を見つけます。
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治承4年 (1180年)
源平の "富士川合戦 " にて。
この付近に陣を構えていた平氏は、水鳥が群れ立つ羽音を源氏の襲来と錯覚し 戦わずして退却したとのこと。

源平を題材としたNHK大河ドラマが数年前に放映されていたことを、にわかに思い出しました。
平家越え の場面、ありました。
なるほど、この地でしたか。

800年の時を経て、土曜朝の穏やかな町を歩いて行きます。

新吉原宿の商店街を通ります。
ご当地グルメ「つけナポリタン」のお店の前に来ましたが…
開店まで わりと時間があるため、立ち寄ることを断念します。

本日の行程は まだ始まったばかりです。
今は1年で最も昼が短い時期だということも、忘れてはなりません。

吉原宿を過ぎて1時間ほど歩き、「本市場」を通ります。
ここは 間の宿 (あいのしゅく) 。
吉原宿と蒲原宿の間で 旅人が休憩できる場所です。

ここから眺める雪の富士山は、中腹に一羽の鶴が舞っているように見えたそうです。
京都の画家 盧洲 が鶴を描き、江戸の学者 亀田鵬斉 が詩文を添えた石碑「鶴芝の碑」が建っています。

きっと当時は見晴らしも良く、賞賛に値する景色だったに違いありません。

現在は住宅が建ち並んでいますが、それでも富士山は確かな存在感で 町の風景の主役となっています。
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本日は清々しく晴れ渡り、いつでもどこでも、富士の姿が目に飛び込んできます。

静岡県富士市」という地名は、もっともなことです。

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マンホールに描かれた絵も、富士山が中心です。

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富士市には「かぐや姫」の伝説もあります。

てくてく歩いていると、背後から自転車が近づいてきます。

「オハヨウゴザイマス。トテモ ヨイ オテンキデスネ!」
留学生でしょうか、女性2人が笑顔で楽しそうに走り去ります。

「おはようございます!」
非常に晴れやかな気分になります。

あいさつは心をつなぐ合言葉。
あいさつは心の架け橋。
… どこかで目にしたことのある標語です。

彼女たちも私も 素敵な1日を過ごせますように。