東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

59. 大鳥居 興味の矛先向かふとも…

さて、神社の境内に鎮座する大きなサッカーボールを見納めて、先に進みましょう。

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巴川 (ともえがわ) を渡り、ここから先は未踏の地。
一歩一歩、踏みしめます。
この川に架かるのは稚児橋 (ちごばし) といい、徳川家康の命(めい) により架けられたものだとか。

当地に暮らす人々にとっては
この川も この道も この家並も
ごく当たり前の一場面、見慣れた光景であることでしょう。

食料品や日用雑貨が並ぶ商店
信号が青になり 走り出そうとする車
いつもの足取りで交差点を右に曲がる通行人

ありふれた暮らしの1コマだけれども、
私にとっては全てが新鮮。

てくてく歩いて行きますと、そこは追分 (おいわけ) 。
街道の分岐点です。

このまま進めば東海道
左に向かうは「志三づ道」(しみずみち・清水道)、久能山 (くのうざん) へと続きます。

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道の角には「追分羊羹」
お店には、紅白幕が張り巡らされて「ハレ」の お正月気分。
けれども外から眺めるだけで、追分羊羹 味見せず。

駿河の皆様すみません。
なにぶん私のご贔屓は、越前名物「水ようかん」
冬はコタツで水ようかん。

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さらにトコトコ歩いて行くと 突然現る大鳥居。
「草薙 (くさなぎ) 神社」の鳥居です。
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大きな鳥居をくぐり抜け、少し寄り道してみたい。
草薙神社の 向こうには、日本平 (にほんだいら) と 久能山
東照宮があるらしい。

けれども今日は寄りません。
このまま真っ直ぐ進みます。

我が目的は「東海道

引き続き、歩いて行きます。
すたすたと。

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線路の下を潜って渡り、
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さらにどんどん進みます。

やがて、前年 (2015年) 3月に初訪した静岡駅にたどり着きます。

駅前の歩行者用信号機が青に変わり、
流れるメロディーは「ふじの山」
先達て三島駅前で聞き馴染んだ旋律です。

静岡駅では前奏から始まります。

(前奏)
富士はにっぽんいちの山〜

あたまを雲の上に出し
四方の山を見おろして
かみなり…

やはり急にメロディーが途切れ、青信号が点滅します。

本日の街道歩きも これにて終了。

清水駅に11:14着

東海道歩き

静岡駅を15:23発

ほんの数時間でしたが、年末年始の帰省 (からの帰り途) ついでに宿場1つ分 を進むことができ、なんだか充実した心持ちで1年がスタートします。

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《 本日の気になる語句 》
日本平久能山

展開は、次回。

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★第11日目
2016年1月4日 (月)
江尻→府中
   資料上の距離 : 10.5km
   歩数計 (1日) : 14.26km / 24,656歩

58.《今昔比較》江尻

東海道五拾三次之内
江尻 ( えじり ) - 三保遠望 -
〈 江戸より18番目の宿場 〉

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手前の清水湊 (しみずみなと) から
中程の三保松原、
さらに遠景は駿河湾
広大な景色が描かれています。

2016/1/4 (月)
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遥かなる駿河の海を望みます。

57. いま、ふたたび。

年改まり早々に、再び一石二鳥旅。
雪降る故郷を後にして、18きっぷで駿州へ。

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2016年1月4日 (月)
第11日目

お正月 三が日も終わりました。

暗闇に眠る故郷を静かに出発して6時間強、
静岡県のJR清水駅に降り立ったのは午前11時過ぎのことです。

東海道の続きを歩き始める前に…
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穏やかに冬の陽が射す清水港
船の写真を1枚パチリ

清水を初めて訪れたのは前年 (2015年) 3月。
まぐろ でおなかを十二分に満たした後、
ここ清水港から三保半島に渡り「三保の松原」へ向かいました。

( そのときのブログ記事 )

tokaido-aruki.hatenablog.jp

当時 芽生えた「いつか東海道五十三次を歩くかもしれない」という予感は早速に現実のものとなり、私は今 再び清水にいます。

港に束の間 滞在した後、駅の反対側にまわり 見憶えのある道を歩いて行きます。
訪問2度目ながらも勝手知ったる風で颯爽と歩く商店街。

そして神社にたどり着き、
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再びお目にかかります。

以前は神社境内にあるサッカーボールに驚きつつ 先へは進まず、駅へと引き返しました。

1年前の自分が見ることのできなかった、その先に続いてゆく景色。
自らの目と足で確かめる旅は まだまだまだまだ続きます。

56.《今昔比較》奥津 (興津)

東海道五拾三次之内
奥津 ( おきつ ) - 興津川 -
〈 江戸より17番目の宿場 〉

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かつての東海道には橋が架けられていない川が多くあり、ここ興津川は 徒歩渡し (かちわたし) でした。
川越し人足たちが2人の相撲取りを駕籠と馬に乗せて、川を渡る様子が描かれています。

2015/12/29 (火)
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現在は橋を渡って進みます。

55.《今昔比較》由井 (由比)

東海道五拾三次之内
由井 ( ゆい ) - 薩埵嶺 -
〈 江戸より16番目の宿場 〉

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画面左上から右下にかけての対角線と平行して 松の木々・峠の坂道 (左上)・岩 (中央下) の傾斜が描かれており、画面全体に動きが出ています。
薩埵峠を行き交う人々は、突如として現れる富士山の姿を目の当たりにして 驚きに包まれていることでしょう。
旅人たちの感動が伝わってくるようです。

2015/12/29 (火)
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いつの世も変わらぬ偉容 そこに在り

54. 列車が通過するお寺

富士山の姿を心ゆくまで目に焼き付けながら
青く澄んだ空のように晴れ晴れとした気分で薩埵峠を越え、
次なる宿場「興津 (おきつ)」に入ります。

このあたりは交通量の多い国道で、昔の街道の面影を探すのは困難です。

そんな中、興味深いお寺の前を通りかかります。

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『清見寺 (せいけんじ)』
正式には「巨鼇山 清見興国禅寺」(こごうさん せいけんこうこくぜんじ)

7世紀 天武天皇の頃、
清見関 (きよみがせき) という関所と共に 仏堂が建立されたのが創建として伝わるそうです。

室町時代には足利尊氏今川義元により保護され、水墨画家の雪舟も訪れたとのこと。
お寺は高台にあり、駿河湾と三保松原が望めるようです。

また、徳川家康が幼少時 今川氏の人質として駿府に在った頃、
清見寺の住職 太原雪斎 (たいげん せっさい) の元を訪れ学んでいました。

このように歴史深く由緒ある清見寺には 他にも数々の著名人が訪れ、見所もたくさんあるようです。

残念ながら今回は見学する時間がなく、総門を眺めているだけです。

… と、そのとき。

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なんと、境内をJR東海道本線の列車が通過しました。

明治22年 東海道線が開通した際に
最寄りの興津駅が開業し、清見寺 境内の一部は鉄道敷地とされたとのこと。

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そして 興津宿を過ぎて、
次の宿場「江尻 (えじり) 」に向かいます。
最寄りはJR清水駅

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このような道を通り、

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このような川を渡ります。

とある横断歩道にて 信号待ちをしていたときのことです。
中学生と思しき少年たちが数名、友達同士ふざけ合って大声を出しながら 自転車でこちらに向かってきます。

関わり合いを避けるべく気配を消していましたが…
通り過ぎるときに彼らは言いました。
「驚かせてごめんなさい、おねえさん!」

おねえさん… 悪くない響きです。

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少々複雑な気持ちを抱えつつ、1本の松の木を挟んで 彼らは左へ向かい、私は右の旧東海道へ進みます。

このあたりは「細井の松原」

旅人が涼めるように、と江戸時代初期に植えられ かつては1,000本以上あった松も、現在はこの1本を残すのみ。
太平洋戦争の際、航空機燃料の原料として伐採されたそう。
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時計の針は14時を指しています。
清水駅の売店で「ちびまる子ちゃん」のイラストが描かれたお菓子を急いで購入し、14時09分発の電車に駆け込みます。

本日は途中下車して、蒲原駅から清水駅まで 3駅分歩きました。
我が故郷まで、各駅停車で あと7時間の旅路をゆきます。

駿河の皆様、良いお年をお迎えください。

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★第10日目
2015年12月29日 (火)
蒲原→由比→興津→江尻
   資料上の距離 : 17.1km
   歩数計 (1日) : 18.41km / 28,596歩

53.「薩埵峠」

由比宿を過ぎ、寺尾・倉沢という地区の静かな街道を歩いて行きます。
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そして眼前に現れた急坂を登って行くと、
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左手に駿河湾が広がります。
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とっても開放的!

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みかんの木 に 静岡らしさ を感じながら
後ろを振り返ると、

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富士山がこちらを見ています。

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心を弾ませながら坂道を登って行きます。

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駿河湾

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富士山。

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みかん。

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やっぱり富士山!!

高揚感に包まれて、足取りは非常に軽やかです。

ここは「薩埵峠 ( さったとうげ ) 」

富士山が望める景勝地であり、歌川広重の浮世絵に描かれています。

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澄みきった空
白い雲を身にまとう富士山
深く青い海

薩埵峠は、急斜面と海に挟まれた交通の難所です。
現在は、国道1号東名高速道路JR東海道本線といった重要な交通網が集中しています。

かつては重要な戦略地点でもあり、度々合戦の舞台となったそうです。
(南北朝時代には 足利尊氏 対 弟の足利直義 /
戦国時代には 武田信玄今川氏真北条氏政)


今日は絶対に晴れてほしかった。
この景色を見たかったから。

眼に映る空と海のように、嬉しさで満たされた気持ちがどこまでも広がります。

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思い返せば当ブログ開設時、最初の記事に載せたのは この薩埵峠から望む富士山の写真でした。

tokaido-aruki.hatenablog.jp

(当初の甘い見積もりに反して、ブログの更新は非常にゆっくりとした速度を保っています。)

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年の瀬だということを忘れてしまいそうな、日差しの明るい のどかな峠道。

みかん運搬用のレールが敷かれています。

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ハイキングを楽しむ家族連れの姿も見受けられました。

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本当に素晴らしい眺めです。
広い海と、海岸に沿った道路の対比が何とも言えません。

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ありがとう、富士山。

しつこいくらいに後ろを振り返り、名残を惜しみながら峠を下ります。

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麓に下りてきました。
地元の方と思しき年配の女性がゆっくりと歩いています。

今日は暑いねぇ。
本当に、良いお天気ですね。

言葉を交わしながら、晴れやかな気分で次の宿場へと向かいます。

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