東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

37. 幾多の苦難を乗り越えて、次なる宿場へ。

日は次第に西に傾き ひんやりとした空気が身体を包みます。

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箱根の山を抜け 畑の広がる集落が見えてきました。

「笹原一里塚」を過ぎると、とても急な坂が待ち構えています。
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坂の名前は「下長坂 (しもながさか)」
別名「こわめし坂」
このあたりの坂が 非常に長く急なので "強飯" を食べ 力をつけてから登ったという説と、旅人が背負っていたお米が 坂を登っているうちに汗と熱で "強飯" になったという説があるそうです。

しかし それは坂を登る人の話。
私は、急坂を ものすごい速さで下ります。
とっとっとっとっとっ
足が自然に前に出て、止まりたくても止まれない。
この坂は垂直なのでは なかろうか。
どんどん加速していきます。
地元の住人の方でしょうか。
前方から大変つらそうな様子で登ってきます。
「こんにちは!」
息を弾ませながら 一瞬で すれ違います。

急坂の後も、長々と続く下り坂。
三島の町を彼方に望み
辺りに広がる畑を眺め
綺麗に手入れされた花壇に心癒されながら
今日1日を思い返します。
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右後方を振り返ると、そこにはいつも富士山が構えています。
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歩きながら 何度も何度も振り返ります。
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箱根を越えた達成感と
雄大な富士山に見守られている安心感
そして日暮れまでの時間が迫りくる焦燥感。
様々な感情に心を揺り動かされながら歩く東海道
私は今、心の底から湧き上がる感動に包まれています。
何が私の気持ちを揺さぶるのでしょうか。
富士山? それとも冬の空?
ついに箱根を越えたんだ。
ほんの少し目が潤みます。

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冬の夕暮れに染まる富士山の雄姿を、
私はきっと忘れない。

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落ち葉が散りばめられた道を通り、

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「箱根路」の碑にうなずき、

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松並木を歩いて行きます。

イムリミットが迫っています。

三島宿まで あと2km
時刻は16時30分です。

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富士山は もう隠れてしまいました。

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真っ赤な もみじ が感傷を誘い、

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何気ない風景にも心を惹かれます。

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17時 三嶋大社に着きました。
薄暗い中、境内に入るのは ためらわれます。
次回は ここからスタートです。

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三島駅に着いた頃、あたりはすっかり暗闇に覆われていました。

長い長い1日でした。
いろいろあった箱根越え。
全ては心の糧となります。

駅前の交差点では、歩行者用信号機が青のときにメロディーが流れます。

あたまを雲の上に出し
四方の山を見おろして
かみなりさまを下に聞く
富士…

急に曲が途切れ 青信号が点滅します。

… は日本一の山〜

心の中で歌いつつ 駅のホームに向かいます。

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★第7日目
2015年12月12日 (土)
箱根→三島
   資料上の距離 : 14.7km
   歩数計 (1日) : 24.54km / 40,310歩

36. 窮地に立たされてこそ

今、大変な苦境に追い込まれています。
大切な1枚の地図を どこかで落としてしまいました。

頭の中は真っ白になり、目の前は真っ暗です。
けれど このまま立ち止まっていても始まらない、引き返して地図を探そう…

暗い気持ちで向き直り、重い足取りで今来た道を戻り始めた ちょうどその時。

先ほど休憩所で挨拶を交わした男性が、こちらに向かって歩いてきます。
あの人も、江戸から京に向かって歩いていたんだ。
そうだ、ちょっと尋ねてみよう。
地図を見かけませんでしたか、と。

小走りに駆け寄り、藁にもすがる思いで
「すみません…」と声をかけた その瞬間。

折りたたまれた紙切れを 右手にサッと取り出して、
「これかな?」

!!

ああ、神様 仏様。
そうです! これです!

「ありがとうございます!
落として とても困っていたんです。
すごく助かりました。
本当にありがとうございました!」

「気をつけてね。」
多くを語らず 颯爽と立ち去る "恩人さん" の後ろ姿を、私は感謝と感激の気持ちで見送ります。

試練が続く箱根の山。
人の心の優しさに触れることができ、折れかけた私の心は あたたかさで満たされます。

よし、この先も頑張って歩こう。

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箱根越えの命綱。
今度はしっかりと鞄に仕舞い込みます。

国道に出てしばらく歩き、再び旧街道石畳の道へ。

施工平 (せこうだいら) という見晴らしの良い場所に立ち寄ります。
全体的に曇り空、富士山は見えませんが これから目指す三島の町を遠くに望みます。

さて、静かな空間で いつまでも景色を眺めている場合ではありません。

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先へ先へと進みます。

そして辿り着いたのが「山中城跡」。

山中城」は 小田原防備のために 北条氏によって築城されましたが、豊臣秀吉による小田原征伐の際、圧倒的な兵力差で落城したのです。
往時を思いながら、広い敷地内の曲輪や堀の跡を 足早に見て歩きます。

時刻は まもなく15時。
"大切な地図" を見ると、箱根西坂の行程は まだ半分以上残っています。

とにかく先を急ぎます。

旧街道を歩いたり 国道を歩いたり、道は交互に続きます。

国道の とある場所で、道路工事の現場に遭遇します。
"旧街道は工事で通行止め、この先しばらく国道を歩いてください" とのこと。

えっ
旧街道を歩けないの?

意表をつかれ戸惑いましたが、すぐに気持ちを切り替えます。
思い悩む暇はありません。
今さら引き返すわけにもいかず、通れる道を進むしかないのです。

工事車輌が行き交う中、現場の誘導員さんに導かれるがまま "国道の側面に簡易的に作られた歩行スペース" を歩きます。

車の往来は激しく、工事の騒音が鳴り響いています。
「この状況下で歩くのも 試練の一環なのだろうか…」

工事現場を通り過ぎて しばらく行くと「富士見平」。
"松尾芭蕉の句碑" があります。
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霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き

芭蕉が箱根越えをしたときには悪天候で富士山が見えなかったようですが、心で感じていたようです。

私が富士見平を通ったときは、もしかすると富士山が見えていたのかもしれません。
しかし 様々な疲労により心の余裕を失いつつあった当時、目でも心でも見ることはできませんでした。

少し追い詰められた気持ちで歩いていると、
人生の先輩たちが20名ほど 集団でこちらに向かってきます。
"東海道 歩こう会"のような集まりだと思われます。
先輩たちを目の前にした途端、先程までの塞ぎかけた気持ちと疲れは嘘のように まるで平気な風を装います。
「箱根の山越えなんて、別にたいしたことありませんから。」と言わんばかりに、すたすたと歩き すれ違います。

箱根越え、まだまだ先は長いのです。

先程から 旧街道の通行止めにより国道を歩いていますが、そのために歩く距離は当初より長くなっています。

右手に広大な施設が見えてきました。
道の駅か、何かのイベント施設でしょうか?
開業前のため 本日は招待客のみが入れるようです。

後に分かったことですが、この施設は
「三島スカイウォーク」
2015年12月14日オープンの ちょうど2日前だったのです。
"日本一長い大吊橋" から、"日本一高い富士山" と "日本一深い駿河湾" を楽しめるそうです。

期せずして話題のスポットに立ち寄れました。
招待客しか入れないので残念に思いましたが、日没が差し迫り 時間的余裕がないこのとき、むしろ入れなくて助かりました。

スカイウォークと道を挟んだ向こう側には、旧街道の入口が見えます。
工事による通行止めの区間は終わり、この先は旧街道を歩けるようです。

さて、ここで本日お馴染みとなった問題が発生します。
国道を 渡りたいのに 渡れない。

これまで来た道には、信号も横断歩道もありませんでした。(多分)
この先も、見える範囲に信号機はありません。
少し歩いてみれば 確実に横断できる場所があるのかもしれません。
しかし そこまで確認しに行って、また戻ってくるだけの気力は残されていません。

ああ、またこの展開…

念入りに左右を何度も確認し、本日 幾度目かの "決死の猛ダッシュ" で横断します。

この数時間で "決死の覚悟" が平常になってきたようです。

35. 試練は続く いつまでも

箱根山中、決死の思いで道路を横断しました。
ああ、無事に渡れて良かった…

しかし ここで気を緩め 安堵した様子を見せてはいけません。
まるで何事も無かったかのように歩を進めます。

目指す方角は こちらで合っているはず。
もう地図は見ません。

暑い…
心拍数が上がり 冷や汗に濡れつくした身体に、真正面から冬の日差しが降り注ぎます。

けれども 確実に安全な場所に身を置くまでは、上着を脱いだり 水分を補給したり などと悠長に構えることはできません。

自信を持って どんどん歩いて行きますが、この道が正しいのかどうか 今なお半信半疑です。

やはり もう一度 地図を広げます。

A4サイズの地図を確認すると、右上の芦ノ湖・箱根峠から わずか3センチほどしか進んでいません。
目指すは左下のJR三島駅、まだずっと先です。

箱根峠から三島までは 長い長い下り坂。
国道1号を車が往来し、その横を歩いて行きます。
(歩道は あったり無かったり)
ところどころ 国道から分け入り、旧街道の石畳の道を歩きます。

箱根東坂 (登り坂) と同様、箱根西坂 (下り坂) にも往時の石畳の道が複数ヶ所にわたって残されており、坂にはそれぞれ名前が付いています。

緊張の糸を張り詰めたまま 国道を歩いてきましたが、
まもなく西坂で初めての 旧街道石畳の入口に差し掛かります。

ところが…
その入口に辿り着くためには、国道を横断しなければなりません。
車は ひっきりなしに走っています。

そう言えば 先ほど、道案内の看板が視界に入っていました。
" 東海道を歩く方は この信号で右側に横断してください。
ここから先に信号はありません。"

… こういうことだったのか。
なぜ、さっき あの信号を通り過ぎてしまったのだろう。
甘く見ていました。
とにかく先に進むことしか考えていませんでした。

振り返ると、青く点灯している信号機が遠くに見えます。
今さら あの信号まで戻る気力はありません。

それなら このまま国道を歩いて行く?
嫌だ。旧街道の石畳を歩きたい。

そうなると、残された選択肢は ただひとつ。
今この場で国道を渡るしかありません。

またもや試練の時がやって来ました。

右、左、右、左、右…
車の往来は途切れません。

人生において "決死の覚悟" をこんなに短時間のうちに2度も経験することになるとは、思いもよらないことです。

右、左、右…
よし、今だ!

心臓に大いに刺激を与えたところで、国道から逸れて歩いて行きます。

ここは江戸から25里 (100km) の地点、
東海道五十三次 全行程の 5分の1です。
京都まで あと100里 (400km) 。

旧街道の入口に差し掛かかり、地図を確認します。
この先しばらく、石畳が続くようです。

あずまや では1人の男性が休憩しており「こんにちは」と挨拶を交わします。
特に会話はしませんでしたが、出で立ちから察するに 何らかの目的で旧東海道を歩いているのでしょう。

本当は私も少し休みたかったのですが、日没までの残された時間が気にかかるため 足早に立ち去り 先を急ぎます。

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静けさに包まれ 冷んやりとした旧街道。
旅人気分に浸りながら 坂道をどんどん下って行きます。
あまり弾みをつけ過ぎると 足をひねる恐れがあるので、常に前方と足元に気を配ります。

地図は8つに折りたたみ、ズボンのポケットに入れてあります。
こうすれば、いつでもすぐに取り出して 道を確認できるから安心です。

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辺りに人の気配はなく、とても静かです。
国道とは まるで雰囲気が異なります。
ごくまれに、前方から歩いてくる人とすれ違います。
おそらく、私とは逆方向、京から江戸に向けて 東海道五十三次を旅する人でしょうか。

そう言えば 先ほど休憩していた男の人は、どちらに向かって歩いていたのだろう。
京から江戸へ?
それとも、江戸から京へ?

いずれにせよ、旧街道を通るのは人だけです。
その点、国道を歩くときのように 車の往来に神経をすり減らすこともありません。

しかし この石畳も まもなく途切れようとしており、再び国道と合流する地点が見えてきました。

さて、地図を確認しようかな。

…あれっ?
たしか、ズボンのおしりの右ポケットに入れておいたはずなのに。
ない!
嘘…
きっとどこかで落としたんだ…

どこで?
石畳で落としたならば、風に吹かれない限り どこかに飛ばされていくことはないだろうけれど。
まさか国道で… ?
国道で落としたならアウト、二度と見つからない。

あの地図なしには、この先 箱根の山を下れない。
いや、下れないこともないけれど、かなりの不安がつきまといます。

それほど大事な地図なのに、なぜ無造作にポケットに入れておいたのだろう。
まさか落とすなんて、思いもよらなかった。

探しに引き返す?
しかし確実に見つかるとも限らない。

緊急事態に陥りました。
時間と心に 全く余裕はありません。

ああ、どうしよう…
絶望感に支配された私は、為す術もなく立ち尽くします。

34. 寿命が縮む箱根越え

富士山を望み 心奪われ すっかり芦ノ湖に長居してしまった私は、心のどこかで残りの四里を甘く見ていたのかもしれません。
あとは下るだけだから、と。

ここで、計算をしてみます。
大人が歩く速さは1時間に1里 (4km) 。
もうすぐ冬至、16時30分には日が沈むことでしょう。
今、時計の針は12時30分を指しています。

… 間に合うかな?

早速、往時の杉並木と石畳が残る 趣のある坂を下って… ではなく、また登っていきます。
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鬱蒼とした急坂を登って行くと…

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箱根峠に到達しました。
ここは 相模国伊豆国の国境です。

芦ノ湖を見納めてから、ここで1枚の地図を取り出します。

小田原までは、道中 時折スマートフォンで地図を確認しながら歩いていました。
しかし 箱根の山越えに際して、
電波が届かないかもしれない という懸念と、より詳細な地図を参考にしたいが 荷物はできるだけ軽くしたい という願望。
これらの思いに折り合いをつけて 1枚だけ持参して来たのです。

さて、ここからが長く続く試練の道のりでした。

まずは地図の注意書き通りに、道の駅の先に向かいます。
白線の消えかけた横断歩道に 多少の心細さを覚えながら渡り、右側の路側帯を歩いていきます。

私が歩く狭いスペースは 車道と白線1本で区切られているのみ、油断はできません。
カーブした道の先から突如、車が現れます。
わりとスピードが出ています。
これは心臓に良くありません。

左は車道、右は側溝。
茂みから伸びきった木の枝が突き出し、行く手を阻みます。
しかし、たとえ右腕が枝に引っかかって衣服が破れ 擦り傷を負おうとも、車に接触することに比べれば それは些細なことに過ぎません。

心臓は終始 早鐘を打ち、側溝ぎりぎりの線に沿って足を運びます。

まったく予断を許さない状況です。
私は ただひたすらに右端を歩くのみ。
いずれはどこかに辿り着くはず。
そう思った次の瞬間。

… えっ!?

気付いたときには、なぜか私は道路の真ん中に立っていました。

右を見ても 左を見ても、車道。
車が激しく往来しています。
いつの間にか 道路が合流したり分岐したりする複雑な地点に立っていたのです。

これは大変な事態に陥りました。

もしかして道を間違えたのだろうか?
否、どこにも曲がっていない。
私は ただ右端を歩いていただけ。
でも こんな場所に出るなんて。
やっぱり間違えたのかな?
引き返したほうがいいのかな…

心が折れそうになりながらも、わずかばかりの植え込みのスペースに立ち まずは身の安全を確保します。

ここで引き返すわけにはいかない。
私は先に進みたい。

持参した1枚の地図を両手で広げ 四方を見回し、現在地を確認します。
どうやら道は合っているようです。

しかし、信号も横断歩道もありません。
渡る方向を間違えると 取り返しのつかないことになります。
失敗は許されません。
これは真剣勝負です。

胸の内は心細さでいっぱいですが、不安げな様子でいると 車で通り過ぎる人たちに不審がられるかもしれません。

「私は自分の意志で歩き、今は真剣に地図を確認しています!」
と、勇ましい雰囲気を醸し出します。

よし。
横断する方向が定まりました。

車は絶え間なく走っています。
左から右に視線を動かし、タイミングを見計らいます。

今だ!
右手をサッと挙げ、黄緑色の車の運転手さんとアイコンタクトをとりながら「すみません」と小走りで横断します。

ふーっ 渡った!

33. 芦ノ湖と富士山に魅せられて

箱根の山を登り 芦ノ湖で感慨深く夕暮れの空を見上げたのは ちょうど1週間前のことでした。
今日、「箱根八里」を完歩します。

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2015年12月12日 (土)
第7日目
朝8時、小田原駅から「元箱根」行きのバスに乗り込みます。
このところ数回、小田原駅のお世話になりました。
今日の夕方にはもう、私は箱根を越えて三島にいるはず。
なんだか信じられないような心持ちです。

バスは箱根湯本の三枚橋から 塔ノ沢、大平台、宮ノ下、小涌谷を経て 元箱根に向かいます。
前回歩いた南側の旧東海道とは異なり、バスが通る北側の国道1号箱根駅伝のコースでもあります。

曲がりくねった狭い道をバスは登って行きます。
お正月には駅伝の選手たちが この箱根の山を駆け抜けるのです。
車体の揺れに身を任せながら 3週間後に思いを巡らせます。

車窓から見える箱根の山々は、きりりとした冬の空に彩り鮮やかな表情を見せています。

今日も 思い出深い1日になりそう。
そんな予感を胸に、元箱根のバス停に降り立ちます。
時刻はもうすぐ朝9時です。

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先週の夕暮れ時から一転、朝の清々しい空気に包まれた芦ノ湖で深呼吸します。
残念ながら富士山は雲に隠れています。
湖面に映る「逆さ富士」に期待していたのですが…

さて、旧東海道の杉並木を歩いて行きましょう。
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江戸幕府が旅人のために道の両側に植えた杉は、芦ノ湖周辺に約420本 残されているそうです。

杉並木を通り過ぎ、「箱根離宮」の跡地にある「恩賜箱根公園」に向かいます。

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かつての箱根離宮を思わせる展望館。

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もうすぐクリスマスです。

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ちょうど富士山の部分だけ、厚い雲に覆われています。

残念に思いながらも あきらめきれずに、広い公園内を散策します。
そして30分ほど経った頃でしょうか…

!!

富士山が顔を出しました。
早く早く!急いで!
自らを急き立て 展望館に戻り富士山を眺め、さらには少し離れた展望スポットに移動します。
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待ってました! にっぽんいち!
芦ノ湖と富士山の共演に大感動です。

満ち足りた気持ちで公園を出ると、そこに
「箱根八里」歌碑があります。

   箱根の山は 天下の険
   凾谷関も 物ならず
   萬丈の山 千仞の谷
   前に聳え 後にさゝふ
   雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
   晝猶闇き 杉の並木
   羊腸の小徑は 苔滑か
   一夫関に當るや 萬夫も開くなし
   天下に旅する 剛毅の武士
   大刀腰に 足駄がけ
   八里の岩ね 踏み鳴す
   斯くこそありしか 往時の武士

勇ましい曲調は 今の私の気分に符合します。
そして一見難しい歌詞ですが、箱根の山を登ることにより 実感を伴って体得することができました。

歌碑の先に進み、「箱根関所資料館」と「箱根関所跡」を見学します。

箱根関所は往時の姿に復元されており、小高い場所にある "遠見番所" からは芦ノ湖を見下ろすことができます。そして悠然と構える富士山。
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関所では
「入り鉄砲 (いりでっぽう) に 出女 (でおんな)」
"江戸への鉄砲の持ち込みと、諸大名の妻女が江戸から出ること"
に対して特に厳しい取り締まりがありました。
そして関所破りをした者は厳罰に処されたのです。

往時の旅人が手形を携行し 厳しい取り調べの末に ようやく通過を許された関所。
現代の観光客は写真を撮りながら気軽に通り抜けます。
時代は変わるものです。

お蕎麦を食べてから 先に進むと、駅伝の練習中と思われる数名の大学生が走り去り、「箱根駅伝ミュージアム」の角を右折していきます。

私も続いて曲がってみると…

富士山が目の前に現れ、箱根駅伝の中継で見たことのある光景が。

東京箱根間往復大学駅伝競走往路ゴール」の碑が建ち、テープを切る走者の姿が目に浮かぶようです。

すると先程の学生たちがイメージトレーニングをしています。
「 ○○選手! 今、1着でゴールします!!」
芦ノ湖に向けて猛ダッシュする彼に、カメラ片手に実況中継しながら声援を送る彼ら。

彼らの青春の1ページに映り込まないよう、
必死に歩道の隅に寄り フレームアウトを狙います。

さて、時刻は12時30分。
そろそろ芦ノ湖を離れて 箱根の山を下らなければなりません。

ふと足元を見ると「三島まで 14.5km」という表示があります。
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冬の夕暮れ時から逆算すると、これはもう一刻の猶予も許されません。

私は今、箱根の山にいます。

32. 天下の険 ひとまず四里

日の入りまで あと5時間。
資料館を後にして、まずは早雲寺 (そううんじ) でお参りします。
小田原北条五代の菩提寺です。

それから15分ほど歩いて行くと、「箱根旧街道」入口に差し掛かります。
箱根の山道は急坂で滑りやすいので 歩きやすいよう竹が敷き詰められていましたが、江戸時代 延宝8年 (1680年) に改修され石畳の道になりました。

「いよいよ箱根の山に登るんだ」と高揚した気分で歩いて行くと、沢に架かっている "さるはし" で1匹の猫に出会います。
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ネーミングセンス控えめに "にゃーちゃん" と呼びかけてみます。
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お気づきかもしれませんが、 "にゃーちゃん" は当ブログのプロフィール欄に登場しています。

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落ち葉で埋め尽くされた石畳の道。

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石畳の道は数ヶ所残っていますが、それ以外は一般道路を歩きます。
道幅が狭く歩道が無い区間もあります。
わりと車が往来しスピードも出ているので、常に用心深く。

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晩秋〜初冬の候
冴え渡る空、彩り豊かに装う木々。

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杉に囲まれた静かな道。

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沢に架かる簡易的な橋を渡ります。

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真っ赤だな 真っ赤だな
つたの葉っぱは真っ赤だな
もみじの葉っぱも真っ赤だな

辺りを見まわして人がいないことを確認し、小さな声で歌います。

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苔むした石畳は滑りやすいので、注意深く足を運びます。

往時の旅人気分で歩いて行くと、畑宿 (はたじゅく) に辿り着きます。
畑宿は 小田原と箱根の間の休憩所「間の宿 (あいのしゅく)」であり、伝統工芸「寄木細工」が生まれたところです。
お店が何軒か並んでおり、色合いの異なる木材の組み合わせによって様々な模様が作り出された作品は、いずれも目を惹くものばかりです。
きっと昔の旅人たちも心奪われたことでしょう。

畑宿を過ぎ、再び石畳の道を登って行きます。
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石畳が途切れ 一般道を歩いていると
「これより1.2kmの間 七曲り / 上り勾配 10.1%」
という看板が。
かなりの急カーブを何度も曲がって、一気に登っていくようです。

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時々振り返り、すごい場所を歩いているものだな と思いながら進んで行きます。

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車が横を通り過ぎ 日差しを遮るものは無く 疲労は増していきますが、日没まであと2時間。
前途多難になってきましたが、前に進むしかありません。
七曲りの途中で 歩道が車道と分かれ、今度は急な階段が目の前に現れます。
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階段はどこまでも続きますが、ただただ 無心で登って行きます。

急な坂を登りきると、見晴らしの良い場所に出ます。
さらにもう少し登ると「笈の平 (おいのたいら)」に辿り着き、江戸時代初期から続く「甘酒茶屋」で しばし休息を。
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甘酒と力餅で 疲れた身体に栄養補給。

再び石畳の道を歩いて行くと「元箱根まで40分」の看板があります。
時計を見ると15時過ぎ… なんとか辿り着けそうです。

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時間に余裕はありませんが、石畳の道を逸れて「お玉ヶ池」に寄り道してみます。
お玉という少女が江戸の奉公先から伊豆の国元に逃げ帰ろうとした際、関所破りをした罪で処刑され 首をこの池で洗ったという悲しい伝説があります。

急いで石畳の道に戻り 歩いて行くと、「箱根馬子唄」の歌碑が目の前に。

箱根八里は馬でも越すが
越すに越されぬ大井川

ここまで四里 歩いてきました。
もうすぐ元箱根、本日の目標地点です。

"越すに越されぬ" 大井川が気になるところですが、まだ先の話 (静岡県 島田と金谷の間) なので 今は考えないことにします。

そして… ゆくてに見えるのは…
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芦ノ湖です。
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湖の向こうには箱根神社の赤い鳥居が見えます。

「箱根の山は天下の険 (けん)」
と歌われた箱根峠。
ここまで到達することができました。

夕日に照らし出された湖面を見つめながら 静かに たたずみます。

まもなく日が沈みます。

元箱根のバス乗り場に行くと、ちょうど小田原駅行きのバスが停まっていました。
名残惜しくはありますが、本日の旅はこれにて終了です。

バスに揺られながら外を眺めていると、あっという間に空は暗くなっていきます。
辺りがすっかり暗闇に覆われた頃、今日1日の思い出と疲労感に包まれた私は 深い眠りに堕ちていたのでした。

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★第6日目
2015年12月5日 (土)
小田原→箱根
   資料上の距離 : 16.5km
   歩数計 (1日) : 21.09km / 36,856歩

 

31. 旅のお供にミニわらじ

東海道五十三次を歩き始めた当初、ひとまず小田原までは難無く行けるだろう と気楽に構えていました。
小田原の先、東海道最難関の箱根越えについては そのときが来たら考えればよい、と。

気づけば「そのとき」が到来していました。

箱根、越えるの? 越えないの?
もちろん、越えます。

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2015年12月5日 (土) 師走、私歩。
第6日目 AM7:30
小田原駅前にある 北条早雲 (後北条氏 初代当主) の銅像に挨拶をします。

前回まで5日間かけて、江戸 日本橋から80km以上 歩いてきました。
箱根はもう、すぐそこです。

小田原宿から箱根宿までの上り坂 (東坂) 4里と 箱根宿から三島宿までの下り坂 (西坂) 4里、合わせて8里 (32km) に及ぶ難関に 2日間かけて挑みます。

小田原駅から歩くこと1時間半。
箱根登山鉄道箱根湯本駅から程近く、早川に架かる三枚橋を渡ります。
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本日も晴天なり。
山があり 川があり 赤い電車が走る風景に心癒され、箱根までやって来た満足感をかみしめます。

橋を渡って「箱根町立郷土資料館」に立ち寄り、箱根の歴史や温泉などについて学びます。
そして この資料館で興味を惹かれたのが、体験コーナーでの「ミニわらじ作り」。
わらじは江戸時代の旅人にとって必需品です。
これは是非とも作ってみたい。
作り方の説明書きと材料が設置された一角で、おもむろに作業を始めます。
館内に他のお客さんの姿は無く、静まり返っています。

黙々と編み続けること30分。
コツをつかむまで少々苦戦し、完成まで もう少し時間がかかりそうです。
しかし折角なので仕上げてから持ち帰ろう、と思った矢先。

集団が入ってくる気配がしました。
引率の先生 (保護者) が十数名の小学生を連れて 館内をまわっています。
社会科見学といったところでしょうか。

先生の解説に熱心に耳を傾ける子どもたち。
部屋の片隅で黙々とわらじを編む物好きな大人。

この構図に いたたまれない気持ちになったので、製作を中断し資料館を後にします。

時刻は11時。
これはいけない、今から箱根の山を登るのです。
寄り道している場合ではありません。

箱根山中、途中で日暮れを迎えるわけにはいかないのです。
冬至を目前に控え 日が短くなってきており、歩ける時間は限られています。
本日、私に残されたのは あと5時間… 。

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志半ばで断念したミニわらじ作り。
家に持ち帰り、後日 完成させましたが…
独自のセンス溢れる作品に仕上がってしまったので、写真は掲載できかねます。

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《 本日の気になる1枚 》

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老舗の商家、薬とお菓子の「ういろう」さん。
お城のような外観です。
小田原城からすぐのところに建っています。