東海道五十三次を歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

40. ◇ 暮らしの中にも東海道

東海道五十三次 " 完歩 " の余韻を残しながら、
" かんぽ " 生命ではなく " ゆうちょ " 銀行に用事があり 郵便局に足を運んだときの話です。

窓口には様々なお知らせや商品が掲示されています。

そのとき、目に留まりました。
記念切手「東海道五十三次」の案内が。

興味を惹かれながらも その場は一旦退散します。

しかし、やはり気になります。

今度は別の大きな郵便局に赴きます。
" 日本郵便が手がける商業施設 "  内にある その郵便局では、多数の記念切手を閲覧でき 購入することができます。

福沢諭吉さんを片手に、買いたい切手を吟味します。

国際文通週間 (2016年10月7日 発行)
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額面は90円・110円・130円
国際郵便にちょうど良い額面ですが、
海外宛てに手紙を書くことはありません。

絵柄はもちろん、歌川広重
東海道五拾三次之内
沼津 (ぬまづ)・藤枝 (ふじえだ)・二川 (ふたがわ)

全部 訪れました!
という、この感動。

これまでにも、東海道五十三次を題材とした記念切手が 43宿場の絵柄で発売されていたとのこと。
知らなかった…

そして、東京都の切手。
この中にも「東海道五拾三次之内 日本橋」の絵柄があり、感動的です。
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ちなみに「日本の城シリーズ」も、
この10城に限って言えば あと2城 訪れたなら全制覇です。

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そして時を同じくして…
スーパーマーケットに買い物に行ったときの話です。

遠目に お茶漬けふりかけ の売り場が見えました。

そのとき、かつて永谷園さんの商品に封入されていた「浮世絵カード」が思い起こされました。

浮世絵カードについては、当ブログ過去記事に記しています。

tokaido-aruki.hatenablog.jp

 

…しかし それは過去の話。
残念ながら今は入っていないのです。

懐古的な気持ちを打ち消して、
売り場に近寄ることなく お店を後にしました。

ところが その数日後。

なんと「19年ぶりにカード復活」という情報を得ました!
2016年11月出荷分から、商品にカードが封入されているとのこと。

あのとき、お茶漬けふりかけ売り場から、東海道五十三次が 私に呼びかけていたのかもしれません。
「カード入ってるよ!」と。

これはもう、今すぐ欲しい 早く見たい。

いそいそと食料品店に向かいます。
あるかな? どうかな?

ドキドキ ワクワクしながら売り場に向かうと、とても分かりやすいパッケージが目に飛び込んできます。
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これです!

隣には、10月以前に出荷されたと思しき定番のパッケージが並んでいますが、絶対に間違えてはいけません。
たとえ半額だったとしても、あいにく そちら様に ご用はございません。

どこの宿場のカードが入っているかな?
はやる気持ちを抑えつつ 開封します。
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入ってました! そう、これ!

記念すべき1枚目は、
東海道五拾三次之内 宮 (みや)」
名古屋の熱田神宮です。

もちろん、この場所も訪れました。
とても気分が盛り上がります。

カードの裏面には、昔からお馴染み プレゼントキャンペーンのお知らせが記載されています。

応募券3枚1口、抽選で毎月1,000名に
東海道五拾三次カードフルセット」が当たるとのこと。

以前は 15枚1口で郵送し、当選者数はもっと多かったと記憶しています。
応募するための負担は軽減されましたが、どうか1,001名以上 応募しませんように。

しかし、四隅の三角形の応募券を切り取ることにより カードを犠牲にした当時に引き換え、今回はパッケージに応募券が付いているので カードは無事。
これは嬉しいことです。

とにもかくにも 応募するしかありません。

私の日常には「東海道旋風」が巻き起こっています。

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※ 当ブログに掲載した切手の画像について

画像をブログに掲載すること自体は 法律の取締りの対象とはならないが、掲載した写真が印刷された場合には 法律に抵触する可能性があるとのことです。

39. ◇ ブログタイトル変更のお知らせ

さて、話は大きく飛躍しますが…

本日 (2016年11月6日) 16時30分
東海道五十三次を踏破しました。

東京・日本橋から京都・三条大橋まで
全長 約500kmに及ぶ旅路でした。

2015年10月18日から
休日を利用して少しずつ歩みを進め、
全24日間にわたる行程でした。

今は
心の底から静かに湧き上がる達成感と
心地よい疲労感に包まれています。

1年かけて
季節の移ろいと共に東海道を歩みました。

暖かい風が身体を吹き抜ける頃
花と共に心がほころび

セミの大合唱を聞きながら
ジリジリと照りつける日差しと闘い

高く澄み渡る空を見上げて
この先 歩む道を見据え

紅く染まる木々に
どこか物悲しく郷愁をおぼえ

年の瀬が迫る町並みに
過ぎゆく時を感じ

心躍るような軽やかな足取りで進むときもあれば
過酷な状況を打破すべく一心不乱に突き進むときもありました。

自らの心の内と向き合うこともあり
人の心のあたたかさに触れることもできました。

東海道五十三次歩きについて
まだまだ たくさん記したいことがあります。

当ブログでは まだ箱根を越えて三島に着いたばかりですが、ブログも京都に辿り着けるよう 今後も更新して参ります。

そして、当ブログのタイトルを変更しました。

東海道五十三次 歩いてます。」
                          ↓
東海道五十三次を歩きました。」

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38.《今昔比較》箱根

東海道五拾三次之内
箱根 ( はこね ) - 湖水図 -
〈 江戸より10番目の宿場 〉

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色彩豊かな険しい山が画面の中央にそびえ、
急な坂道を大名行列が下っていきます。
芦ノ湖の彼方に山々を見渡すことができ、
真っ白に雪化粧した富士山が描かれています。


2015年12月5日 (土)・12日 (土)

2日間かけて 箱根八里 を越えました。

冴え渡る師走の空
静寂に耳を傾けた杉並木

急峻な山道
肝を冷やし続けた国道

広々とした湖面に
季節の移ろいを映し出す芦ノ湖

昔も今も変わらず
旅人を優しく見守る富士ノ山

全ての出来事が
印象深い記憶と共に 心に深く刻み込まれ、
「いま」の箱根の情景が脳裏に蘇ります。

いつでも、いつまでも。

37. 幾多の苦難を乗り越えて、次なる宿場へ。

日は次第に西に傾き ひんやりとした空気が身体を包みます。

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箱根の山を抜け 畑の広がる集落が見えてきました。

「笹原一里塚」を過ぎると、とても急な坂が待ち構えています。
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坂の名前は「下長坂 (しもながさか)」
別名「こわめし坂」
このあたりの坂が 非常に長く急なので "強飯" を食べ 力をつけてから登ったという説と、旅人が背負っていたお米が 坂を登っているうちに汗と熱で "強飯" になったという説があるそうです。

しかし それは坂を登る人の話。
私は、急坂を ものすごい速さで下ります。
とっとっとっとっとっ
足が自然に前に出て、止まりたくても止まれない。
この坂は垂直なのでは なかろうか。
どんどん加速していきます。
地元の住人の方でしょうか。
前方から大変つらそうな様子で登ってきます。
「こんにちは!」
息を弾ませながら 一瞬で すれ違います。

急坂の後も、長々と続く下り坂。
三島の町を彼方に望み
辺りに広がる畑を眺め
綺麗に手入れされた花壇に心癒されながら
今日1日を思い返します。
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右後方を振り返ると、そこにはいつも富士山が構えています。
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歩きながら 何度も何度も振り返ります。
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箱根を越えた達成感と
雄大な富士山に見守られている安心感
そして日暮れまでの時間が迫りくる焦燥感。
様々な感情に心を揺り動かされながら歩く東海道
私は今、心の底から湧き上がる感動に包まれています。
何が私の気持ちを揺さぶるのでしょうか。
富士山? それとも冬の空?
ついに箱根を越えたんだ。
ほんの少し目が潤みます。

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冬の夕暮れに染まる富士山の雄姿を、
私はきっと忘れない。

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落ち葉が散りばめられた道を通り、

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「箱根路」の碑にうなずき、

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松並木を歩いて行きます。

イムリミットが迫っています。

三島宿まで あと2km
時刻は16時30分です。

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富士山は もう隠れてしまいました。

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真っ赤な もみじ が感傷を誘い、

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何気ない風景にも心を惹かれます。

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17時 三嶋大社に着きました。
薄暗い中、境内に入るのは ためらわれます。
次回は ここからスタートです。

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三島駅に着いた頃、あたりはすっかり暗闇に覆われていました。

長い長い1日でした。
いろいろあった箱根越え。
全ては心の糧となります。

駅前の交差点では、歩行者用信号機が青のときにメロディーが流れます。

あたまを雲の上に出し
四方の山を見おろして
かみなりさまを下に聞く
富士…

急に曲が途切れ 青信号が点滅します。

… は日本一の山〜

心の中で歌いつつ 駅のホームに向かいます。

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★第7日目
2015年12月12日 (土)
箱根→三島
   資料上の距離 : 14.7km
   歩数計 (1日) : 24.54km / 40,310歩

36. 窮地に立たされてこそ

今、大変な苦境に追い込まれています。
大切な1枚の地図を どこかで落としてしまいました。

頭の中は真っ白になり、目の前は真っ暗です。
けれど このまま立ち止まっていても始まらない、引き返して地図を探そう…

暗い気持ちで向き直り、重い足取りで今来た道を戻り始めた ちょうどその時。

先ほど休憩所で挨拶を交わした男性が、こちらに向かって歩いてきます。
あの人も、江戸から京に向かって歩いていたんだ。
そうだ、ちょっと尋ねてみよう。
地図を見かけませんでしたか、と。

小走りに駆け寄り、藁にもすがる思いで
「すみません…」と声をかけた その瞬間。

折りたたまれた紙切れを 右手にサッと取り出して、
「これかな?」

!!

ああ、神様 仏様。
そうです! これです!

「ありがとうございます!
落として とても困っていたんです。
すごく助かりました。
本当にありがとうございました!」

「気をつけてね。」
多くを語らず 颯爽と立ち去る "恩人さん" の後ろ姿を、私は感謝と感激の気持ちで見送ります。

試練が続く箱根の山。
人の心の優しさに触れることができ、折れかけた私の心は あたたかさで満たされます。

よし、この先も頑張って歩こう。

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箱根越えの命綱。
今度はしっかりと鞄に仕舞い込みます。

国道に出てしばらく歩き、再び旧街道石畳の道へ。

施工平 (せこうだいら) という見晴らしの良い場所に立ち寄ります。
全体的に曇り空、富士山は見えませんが これから目指す三島の町を遠くに望みます。

さて、静かな空間で いつまでも景色を眺めている場合ではありません。

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先へ先へと進みます。

そして辿り着いたのが「山中城跡」。

山中城」は 小田原防備のために 北条氏によって築城されましたが、豊臣秀吉による小田原征伐の際、圧倒的な兵力差で落城したのです。
往時を思いながら、広い敷地内の曲輪や堀の跡を 足早に見て歩きます。

時刻は まもなく15時。
"大切な地図" を見ると、箱根西坂の行程は まだ半分以上残っています。

とにかく先を急ぎます。

旧街道を歩いたり 国道を歩いたり、道は交互に続きます。

国道の とある場所で、道路工事の現場に遭遇します。
"旧街道は工事で通行止め、この先しばらく国道を歩いてください" とのこと。

えっ
旧街道を歩けないの?

意表をつかれ戸惑いましたが、すぐに気持ちを切り替えます。
思い悩む暇はありません。
今さら引き返すわけにもいかず、通れる道を進むしかないのです。

工事車輌が行き交う中、現場の誘導員さんに導かれるがまま "国道の側面に簡易的に作られた歩行スペース" を歩きます。

車の往来は激しく、工事の騒音が鳴り響いています。
「この状況下で歩くのも 試練の一環なのだろうか…」

工事現場を通り過ぎて しばらく行くと「富士見平」。
"松尾芭蕉の句碑" があります。
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霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き

芭蕉が箱根越えをしたときには悪天候で富士山が見えなかったようですが、心で感じていたようです。

私が富士見平を通ったときは、もしかすると富士山が見えていたのかもしれません。
しかし 様々な疲労により心の余裕を失いつつあった当時、目でも心でも見ることはできませんでした。

少し追い詰められた気持ちで歩いていると、
人生の先輩たちが20名ほど 集団でこちらに向かってきます。
"東海道 歩こう会"のような集まりだと思われます。
先輩たちを目の前にした途端、先程までの塞ぎかけた気持ちと疲れは嘘のように まるで平気な風を装います。
「箱根の山越えなんて、別にたいしたことありませんから。」と言わんばかりに、すたすたと歩き すれ違います。

箱根越え、まだまだ先は長いのです。

先程から 旧街道の通行止めにより国道を歩いていますが、そのために歩く距離は当初より長くなっています。

右手に広大な施設が見えてきました。
道の駅か、何かのイベント施設でしょうか?
開業前のため 本日は招待客のみが入れるようです。

後に分かったことですが、この施設は
「三島スカイウォーク」
2015年12月14日オープンの ちょうど2日前だったのです。
"日本一長い大吊橋" から、"日本一高い富士山" と "日本一深い駿河湾" を楽しめるそうです。

期せずして話題のスポットに立ち寄れました。
招待客しか入れないので残念に思いましたが、日没が差し迫り 時間的余裕がないこのとき、むしろ入れなくて助かりました。

スカイウォークと道を挟んだ向こう側には、旧街道の入口が見えます。
工事による通行止めの区間は終わり、この先は旧街道を歩けるようです。

さて、ここで本日お馴染みとなった問題が発生します。
国道を 渡りたいのに 渡れない。

これまで来た道には、信号も横断歩道もありませんでした。(多分)
この先も、見える範囲に信号機はありません。
少し歩いてみれば 確実に横断できる場所があるのかもしれません。
しかし そこまで確認しに行って、また戻ってくるだけの気力は残されていません。

ああ、またこの展開…

念入りに左右を何度も確認し、本日 幾度目かの "決死の猛ダッシュ" で横断します。

この数時間で "決死の覚悟" が平常になってきたようです。

35. 試練は続く いつまでも

箱根山中、決死の思いで道路を横断しました。
ああ、無事に渡れて良かった…

しかし ここで気を緩め 安堵した様子を見せてはいけません。
まるで何事も無かったかのように歩を進めます。

目指す方角は こちらで合っているはず。
もう地図は見ません。

暑い…
心拍数が上がり 冷や汗に濡れつくした身体に、真正面から冬の日差しが降り注ぎます。

けれども 確実に安全な場所に身を置くまでは、上着を脱いだり 水分を補給したり などと悠長に構えることはできません。

自信を持って どんどん歩いて行きますが、この道が正しいのかどうか 今なお半信半疑です。

やはり もう一度 地図を広げます。

A4サイズの地図を確認すると、右上の芦ノ湖・箱根峠から わずか3センチほどしか進んでいません。
目指すは左下のJR三島駅、まだずっと先です。

箱根峠から三島までは 長い長い下り坂。
国道1号を車が往来し、その横を歩いて行きます。
(歩道は あったり無かったり)
ところどころ 国道から分け入り、旧街道の石畳の道を歩きます。

箱根東坂 (登り坂) と同様、箱根西坂 (下り坂) にも往時の石畳の道が複数ヶ所にわたって残されており、坂にはそれぞれ名前が付いています。

緊張の糸を張り詰めたまま 国道を歩いてきましたが、
まもなく西坂で初めての 旧街道石畳の入口に差し掛かります。

ところが…
その入口に辿り着くためには、国道を横断しなければなりません。
車は ひっきりなしに走っています。

そう言えば 先ほど、道案内の看板が視界に入っていました。
" 東海道を歩く方は この信号で右側に横断してください。
ここから先に信号はありません。"

… こういうことだったのか。
なぜ、さっき あの信号を通り過ぎてしまったのだろう。
甘く見ていました。
とにかく先に進むことしか考えていませんでした。

振り返ると、青く点灯している信号機が遠くに見えます。
今さら あの信号まで戻る気力はありません。

それなら このまま国道を歩いて行く?
嫌だ。旧街道の石畳を歩きたい。

そうなると、残された選択肢は ただひとつ。
今この場で国道を渡るしかありません。

またもや試練の時がやって来ました。

右、左、右、左、右…
車の往来は途切れません。

人生において "決死の覚悟" をこんなに短時間のうちに2度も経験することになるとは、思いもよらないことです。

右、左、右…
よし、今だ!

心臓に大いに刺激を与えたところで、国道から逸れて歩いて行きます。

ここは江戸から25里 (100km) の地点、
東海道五十三次 全行程の 5分の1です。
京都まで あと100里 (400km) 。

旧街道の入口に差し掛かかり、地図を確認します。
この先しばらく、石畳が続くようです。

あずまや では1人の男性が休憩しており「こんにちは」と挨拶を交わします。
特に会話はしませんでしたが、出で立ちから察するに 何らかの目的で旧東海道を歩いているのでしょう。

本当は私も少し休みたかったのですが、日没までの残された時間が気にかかるため 足早に立ち去り 先を急ぎます。

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静けさに包まれ 冷んやりとした旧街道。
旅人気分に浸りながら 坂道をどんどん下って行きます。
あまり弾みをつけ過ぎると 足をひねる恐れがあるので、常に前方と足元に気を配ります。

地図は8つに折りたたみ、ズボンのポケットに入れてあります。
こうすれば、いつでもすぐに取り出して 道を確認できるから安心です。

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辺りに人の気配はなく、とても静かです。
国道とは まるで雰囲気が異なります。
ごくまれに、前方から歩いてくる人とすれ違います。
おそらく、私とは逆方向、京から江戸に向けて 東海道五十三次を旅する人でしょうか。

そう言えば 先ほど休憩していた男の人は、どちらに向かって歩いていたのだろう。
京から江戸へ?
それとも、江戸から京へ?

いずれにせよ、旧街道を通るのは人だけです。
その点、国道を歩くときのように 車の往来に神経をすり減らすこともありません。

しかし この石畳も まもなく途切れようとしており、再び国道と合流する地点が見えてきました。

さて、地図を確認しようかな。

…あれっ?
たしか、ズボンのおしりの右ポケットに入れておいたはずなのに。
ない!
嘘…
きっとどこかで落としたんだ…

どこで?
石畳で落としたならば、風に吹かれない限り どこかに飛ばされていくことはないだろうけれど。
まさか国道で… ?
国道で落としたならアウト、二度と見つからない。

あの地図なしには、この先 箱根の山を下れない。
いや、下れないこともないけれど、かなりの不安がつきまといます。

それほど大事な地図なのに、なぜ無造作にポケットに入れておいたのだろう。
まさか落とすなんて、思いもよらなかった。

探しに引き返す?
しかし確実に見つかるとも限らない。

緊急事態に陥りました。
時間と心に 全く余裕はありません。

ああ、どうしよう…
絶望感に支配された私は、為す術もなく立ち尽くします。

34. 寿命が縮む箱根越え

富士山を望み 心奪われ すっかり芦ノ湖に長居してしまった私は、心のどこかで残りの四里を甘く見ていたのかもしれません。
あとは下るだけだから、と。

ここで、計算をしてみます。
大人が歩く速さは1時間に1里 (4km) 。
もうすぐ冬至、16時30分には日が沈むことでしょう。
今、時計の針は12時30分を指しています。

… 間に合うかな?

早速、往時の杉並木と石畳が残る 趣のある坂を下って… ではなく、また登っていきます。
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鬱蒼とした急坂を登って行くと…

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箱根峠に到達しました。
ここは 相模国伊豆国の国境です。

芦ノ湖を見納めてから、ここで1枚の地図を取り出します。

小田原までは、道中 時折スマートフォンで地図を確認しながら歩いていました。
しかし 箱根の山越えに際して、
電波が届かないかもしれない という懸念と、より詳細な地図を参考にしたいが 荷物はできるだけ軽くしたい という願望。
これらの思いに折り合いをつけて 1枚だけ持参して来たのです。

さて、ここからが長く続く試練の道のりでした。

まずは地図の注意書き通りに、道の駅の先に向かいます。
白線の消えかけた横断歩道に 多少の心細さを覚えながら渡り、右側の路側帯を歩いていきます。

私が歩く狭いスペースは 車道と白線1本で区切られているのみ、油断はできません。
カーブした道の先から突如、車が現れます。
わりとスピードが出ています。
これは心臓に良くありません。

左は車道、右は側溝。
茂みから伸びきった木の枝が突き出し、行く手を阻みます。
しかし、たとえ右腕が枝に引っかかって衣服が破れ 擦り傷を負おうとも、車に接触することに比べれば それは些細なことに過ぎません。

心臓は終始 早鐘を打ち、側溝ぎりぎりの線に沿って足を運びます。

まったく予断を許さない状況です。
私は ただひたすらに右端を歩くのみ。
いずれはどこかに辿り着くはず。
そう思った次の瞬間。

… えっ!?

気付いたときには、なぜか私は道路の真ん中に立っていました。

右を見ても 左を見ても、車道。
車が激しく往来しています。
いつの間にか 道路が合流したり分岐したりする複雑な地点に立っていたのです。

これは大変な事態に陥りました。

もしかして道を間違えたのだろうか?
否、どこにも曲がっていない。
私は ただ右端を歩いていただけ。
でも こんな場所に出るなんて。
やっぱり間違えたのかな?
引き返したほうがいいのかな…

心が折れそうになりながらも、わずかばかりの植え込みのスペースに立ち まずは身の安全を確保します。

ここで引き返すわけにはいかない。
私は先に進みたい。

持参した1枚の地図を両手で広げ 四方を見回し、現在地を確認します。
どうやら道は合っているようです。

しかし、信号も横断歩道もありません。
渡る方向を間違えると 取り返しのつかないことになります。
失敗は許されません。
これは真剣勝負です。

胸の内は心細さでいっぱいですが、不安げな様子でいると 車で通り過ぎる人たちに不審がられるかもしれません。

「私は自分の意志で歩き、今は真剣に地図を確認しています!」
と、勇ましい雰囲気を醸し出します。

よし。
横断する方向が定まりました。

車は絶え間なく走っています。
左から右に視線を動かし、タイミングを見計らいます。

今だ!
右手をサッと挙げ、黄緑色の車の運転手さんとアイコンタクトをとりながら「すみません」と小走りで横断します。

ふーっ 渡った!