東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

45.《今昔比較》沼津

東海道五拾三次之内
沼津 ( ぬまづ ) - 黄昏図 -
〈 江戸より12番目の宿場 〉

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夕方、黄昏時。
月に照らされ静寂に包まれた狩野川沿いの道を、宿場に向けて足早に進む旅人たちの姿が描かれています。

2015年12月20日 (日)
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逆光で暗い写真になりましたが、このとき時刻はAM11:00前。
本日の旅は、沼津を越えて 先に進みます。

44.《今昔比較》三島

東海道五拾三次之内
三島 ( みしま ) - 朝霧 -
〈 江戸より11番目の宿場 〉

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朝霧の中、宿場を旅立つ人たちが描かれています。
三嶋大社の鳥居が霧でかすんで見える様子が、シルエットとして描かれ表現されています。

2015年12月20日 (日)
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前回 (12月12日) 箱根を越えて辿り着いた時は、すっかり日が暮れ 通りゆく車のヘッドライトの眩しさに目を細めながら 鳥居の前を足早に通り過ぎました。

今朝は、雲の絶え間より やわらかく照らす陽光に包まれながら ゆったりとした気持ちで境内を歩きます。

12日後には、新年の華やいだ雰囲気の中 大勢の参拝客が集うことでしょう。

43. 田子の浦に うち出でたなら

沼津の「千本松原」を過ぎ、本日のゴール地点と定めた吉原駅まで JRの駅 4つ分を ひたすら真っすぐ歩きます。

民家が建ち並ぶ 道幅の狭い旧東海道を歩きながら、自分が生まれ育った町に思いを馳せます。

私の故郷は 東海道沿いではありませんが、小学校の前を「旧国道」と呼ばれる道が通っており、近くの神社は日常的な遊び場でした。
初詣・秋祭り・七五三詣などの年中行事で訪れ、木々に囲まれて鬱蒼とした境内にある池は 底無し沼 だと恐れられていました。
旧国道沿いには 同じクラスの友達の家が数軒あり、狭い道幅の両脇に 歴史を感じさせる立派なたたずまいの御宅が並んでいました。

今、私は よその地から足を運び 東海道をいっとき通り過ぎるだけの者ですが、
この地に暮らす人たちには それぞれの日常があり、
昔から 生活の側には いつも富士山が在ったのでしょうか…

とりとめもなく考える時間はたくさんあります。

どこの角で曲がればよいか、気にかける必要がないからです。
JR東海道線の線路と並行して、ただただ一直線。
道を間違える心配は 絶対にありません。

片浜駅を過ぎ、原駅のあたりも東海道五十三次の宿場でした。
かつては "浮島沼" と呼ばれる沼地の周囲に "浮島ヶ原" が広がっており、街道のどこからでも富士山が見えたそうです。

原の宿場を歩きながら右側に目を向け、建ち並ぶ家々の間から遠方を眺めます。

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… 富士山は 雲に覆われ見えません。

本日 富士山の存在を感じたのは、三島駅前 青信号のメロディーと、沼津で見かけたマンホール。
曲や絵柄の題材として採り上げられているくらいなので、本来ならば 雄大な姿を目に収めながら歩くことができたはず。
少し残念に思いながらも さらに真っすぐ歩いて行きます。

"東田子の浦駅" を通り過ぎます。
こぢんまりとして可愛らしい駅舎の壁には 富士山が描かれています。
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田子の浦 (たごのうら) …
たしか百人一首の歌にあったような。

田子の浦に うち出でてみれば
白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
(山部赤人)

小学生の頃、歌の意味も分からずに 百人一首を覚えることに熱中した時期がありました。

東海道を歩きながら…
なるほど、"田子の浦" とは このあたりだったんだ!
実際に その地を訪れることにより、にわかに歌の意味を心に感じることができます。

万葉の人々が目にした景色。
真っ白に雪化粧した富士の山頂に 雪がしんしんと降り続ける様子が 目に浮かぶようです。

( 歌に詠まれた古来の 田子の浦 は、現在とは異なる場所だったようです。)

まもなく日が沈もうとする頃、吉原駅に着きました。
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電車に乗る前に 近くの " 田子の浦港 " まで足を延ばします。
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富士山は もう見れなくてよいのです。

見知らぬ町の冬の夕暮れ。
ただそれだけで心に染み入り、
夕陽が静かに照らす港を じっと見つめます。

今日という日を振り返りながら
帰りの電車を待つ駅のホームは とてものどかな空間でした。

向こう側から ご婦人が近寄ってきます。
-岳南鉄道の乗り場はどちらですか?
--すみません、私も初めて来ましたので…

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★第8日目
2015年12月20日 (日)
三島→沼津→原→吉原
   資料上の距離 : 23.4km
   歩数計 (1日) : 25.76km / 44,601歩

42. 富士の姿を追い求め…

三嶋大社を参拝し、新たな気持ちで次なる一歩を踏み出したのは 2015年12月20日のことでした。
そしてちょうど1年後の今、このブログを記しています。

時は過ぎゆくものですが
旅の記憶は 時空を超えて、まるで昨日のことのように思い起こされます。

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三島宿を過ぎてしばらく進むと、道を挟んで両側に "一里塚" があります。
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道の右側「玉井寺 (ぎょくせいじ) 一里塚」は往時の姿を留めており、江戸 日本橋から29里目 (113.9km) にあたります。

その先 八幡神社の境内には2つの石が置かれており、" 対面石 " と呼ばれています。
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治承4年 (1180年) 平氏追討のため挙兵した源頼朝が 鎌倉からこの地まで出陣したところへ、弟の義経が奥州から馳せ参じ 2人は対面を果たしました。
このあと義経は西へ進み、一ノ谷・屋島・壇ノ浦の合戦で戦功をあげ 平氏を滅亡に追いやりますが、その後 一転して兄 頼朝から疎まれ 命を狙われる身となるのです。
この石に腰掛け 源氏再興の決意を共にした兄弟が、後に決別する運命を辿ろうとは…

などと思い巡らせながら歩を進め、
" 黄瀬川 (きせがわ) " に差しかかったところで右手に顔を向けてみます。
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… 富士山は見えません。

黄瀬川は やがて狩野川に注ぎ込み、
旅する者は沼津宿に足を踏み入れます。
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かつて沼津は城下町でしたが、大火や戦災・道路の区画整理などで宿場の面影は失われてしまったようです。

ところで、沼津の漁港には 新鮮な海の幸をいただくことのできるお店がたくさんあります。
「昼食は沼津港で!」と思いつきましたが…
以前 沼津を訪れた折、たしか駅から港まで 車でもわりと距離があったことを思い出します。
今回、東海道から大幅に逸れ 徒歩で港に向かうなどという時間の無駄遣いは許されません。

足先を 港から東海道に方向転換して歩いて行くと、ほどなくして「千本松原」へ。
あたり一面、松林です。
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千本松原は、駿河湾 (千本浜) に沿って続いています。
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やっぱり富士は 見えません。
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富士山の姿を探し求めながら 沼津を後にして、次の宿場へ向かいます。時は午の刻。

(つづく)

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《 本日のマンホール 》
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富士山と愛鷹山 (あしたかやま) が、足元に。

 

41. 第2ステージ 新たな1歩

応募券を切り取って 葉書に3枚貼り付けます。
郵便ポストの前に立ち
「よろしゅう、おたのもうします。」

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話は、2016年秋の京都・三条大橋から
1年前 (2015年) の静岡・三島まで遡ります。

箱根を越える以前は、「前回歩き終えた地点」まで 通常の乗車券 ( ICカード) を用いて電車移動していました。
今ここに " 青春18きっぷ "のシーズンが到来。
" 東海道五十三次を歩く旅 " と同時に " 東海道を各駅停車の電車で移動する旅 " も始まります。

毎回、数時間かけての電車往復。
旅の目的は「歩くこと」

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2015年12月20日 (日)
第8日目

午前8時過ぎ
JR三島駅に降り立ちます。

「ふじの山」の旋律は 駅前の空に悠々と鳴り響き、相変わらず急に途切れたかと思うと青信号が点滅します。
今日もまた「日本一の山」に お目にかかれるでしょうか。

小川のせせらぎ に耳を澄ませながら、
" 水辺の文学碑 " が並ぶ道を歩いて行きます。

冬の柳の木は 殺伐として
枝の隙間越しに見える薄曇りの空に
そこはかとなく もの悲しさが漂います。

花壇には 緑の葉と 黄 橙 紫 白の花が、
灰色の風景に あたたかい彩りを添えています。

三島にゆかりのある文学者たちの作品が刻まれた石碑。
彼らが この地で過ごした日々に想いを馳せながら歩を進めると、鳥居の前に 辿り着きました。

身の引き締まる 冬の朝。
澄んだ空気を吸い込んで、三嶋大社でご挨拶。
今年も残り あとわずか。

これまでの人生において、神社やお寺を参拝する折には
「◯◯できますように!」
と、まるっきり他力本願で漠然としたお願い事を 神様 仏様に申しておりました。

東海道を歩きながら寺社仏閣に立ち寄る場面も多々あります。
いつからか、
" ここまで無事にたどり着けたことに何よりも感謝し、この先も安全に旅を続けたいと ただそれだけを願う気持ち "
が、心の底から自然と湧き上がるようになりました。

これは " 東海道五十三次歩き " だけの話にとどまることなく、自分がこれまで歩んできた道 そしてこの先に進んでゆく日々にも通ずる話です。

「ここまで無事に来ることができました。
ありがとうございます。
今後も道中なにとぞ無事たらしめんことを〜」
と、文法が正しいかどうかはさておき、
おごそかな気持ちで神様にご挨拶するのでした。

2日間かけて箱根の山を越え 三島に辿り着き、東海道歩きの次なるステージに立った私は、
京都に向けて新たな気持ちで 1歩を踏み出します。


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三嶋大社伊豆国 一の宮
源頼朝が源氏再興を祈願し 成就しました。
境内には、源頼朝北条政子が百日の日参をした際に休息したと伝えられる " 腰掛岩 " があります。

お正月には大勢の初詣客で賑わい、
春にはソメイヨシノと枝垂れ桜が咲き誇り
秋には樹齢1,200年の金木犀が香ります。

40. ◇ 暮らしの中にも東海道

東海道五十三次 " 完歩 " の余韻を残しながら、
" かんぽ " 生命ではなく " ゆうちょ " 銀行に用事があり 郵便局に足を運んだときの話です。

窓口には様々なお知らせや商品が掲示されています。

そのとき、目に留まりました。
記念切手「東海道五十三次」の案内が。

興味を惹かれながらも その場は一旦退散します。

しかし、やはり気になります。

今度は別の大きな郵便局に赴きます。
" 日本郵便が手がける商業施設 "  内にある その郵便局では、多数の記念切手を閲覧でき 購入することができます。

福沢諭吉さんを片手に、買いたい切手を吟味します。

国際文通週間 (2016年10月7日 発行)
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額面は90円・110円・130円
国際郵便にちょうど良い額面ですが、
海外宛てに手紙を書くことはありません。

絵柄はもちろん、歌川広重
東海道五拾三次之内
沼津 (ぬまづ)・藤枝 (ふじえだ)・二川 (ふたがわ)

全部 訪れました!
という、この感動。

これまでにも、東海道五十三次を題材とした記念切手が 43宿場の絵柄で発売されていたとのこと。
知らなかった…

そして、東京都の切手。
この中にも「東海道五拾三次之内 日本橋」の絵柄があり、感動的です。
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ちなみに「日本の城シリーズ」も、
この10城に限って言えば あと2城 訪れたなら全制覇です。

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そして時を同じくして…
スーパーマーケットに買い物に行ったときの話です。

遠目に お茶漬けふりかけ の売り場が見えました。

そのとき、かつて永谷園さんの商品に封入されていた「浮世絵カード」が思い起こされました。

浮世絵カードについては、当ブログ過去記事に記しています。

tokaido-aruki.hatenablog.jp

 

…しかし それは過去の話。
残念ながら今は入っていないのです。

懐古的な気持ちを打ち消して、
売り場に近寄ることなく お店を後にしました。

ところが その数日後。

なんと「19年ぶりにカード復活」という情報を得ました!
2016年11月出荷分から、商品にカードが封入されているとのこと。

あのとき、お茶漬けふりかけ売り場から、東海道五十三次が 私に呼びかけていたのかもしれません。
「カード入ってるよ!」と。

これはもう、今すぐ欲しい 早く見たい。

いそいそと食料品店に向かいます。
あるかな? どうかな?

ドキドキ ワクワクしながら売り場に向かうと、とても分かりやすいパッケージが目に飛び込んできます。
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これです!

隣には、10月以前に出荷されたと思しき定番のパッケージが並んでいますが、絶対に間違えてはいけません。
たとえ半額だったとしても、あいにく そちら様に ご用はございません。

どこの宿場のカードが入っているかな?
はやる気持ちを抑えつつ 開封します。
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入ってました! そう、これ!

記念すべき1枚目は、
東海道五拾三次之内 宮 (みや)」
名古屋の熱田神宮です。

もちろん、この場所も訪れました。
とても気分が盛り上がります。

カードの裏面には、昔からお馴染み プレゼントキャンペーンのお知らせが記載されています。

応募券3枚1口、抽選で毎月1,000名に
東海道五拾三次カードフルセット」が当たるとのこと。

以前は 15枚1口で郵送し、当選者数はもっと多かったと記憶しています。
応募するための負担は軽減されましたが、どうか1,001名以上 応募しませんように。

しかし、四隅の三角形の応募券を切り取ることにより カードを犠牲にした当時に引き換え、今回はパッケージに応募券が付いているので カードは無事。
これは嬉しいことです。

とにもかくにも 応募するしかありません。

私の日常には「東海道旋風」が巻き起こっています。

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※ 当ブログに掲載した切手の画像について

画像をブログに掲載すること自体は 法律の取締りの対象とはならないが、掲載した写真が印刷された場合には 法律に抵触する可能性があるとのことです。

39. ◇ ブログタイトル変更のお知らせ

さて、話は大きく飛躍しますが…

本日 (2016年11月6日) 16時30分
東海道五十三次を踏破しました。

東京・日本橋から京都・三条大橋まで
全長 約500kmに及ぶ旅路でした。

2015年10月18日から
休日を利用して少しずつ歩みを進め、
全24日間にわたる行程でした。

今は
心の底から静かに湧き上がる達成感と
心地よい疲労感に包まれています。

1年かけて
季節の移ろいと共に東海道を歩みました。

暖かい風が身体を吹き抜ける頃
花と共に心がほころび

セミの大合唱を聞きながら
ジリジリと照りつける日差しと闘い

高く澄み渡る空を見上げて
この先 歩む道を見据え

紅く染まる木々に
どこか物悲しく郷愁をおぼえ

年の瀬が迫る町並みに
過ぎゆく時を感じ

心躍るような軽やかな足取りで進むときもあれば
過酷な状況を打破すべく一心不乱に突き進むときもありました。

自らの心の内と向き合うこともあり
人の心のあたたかさに触れることもできました。

東海道五十三次歩きについて
まだまだ たくさん記したいことがあります。

当ブログでは まだ箱根を越えて三島に着いたばかりですが、ブログも京都に辿り着けるよう 今後も更新して参ります。

そして、当ブログのタイトルを変更しました。

東海道五十三次 歩いてます。」
                          ↓
東海道五十三次 歩きました。」

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