東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

17. 厄除け参り と 生麦事件

あれから2週間。
東海道歩き 第2日目は、川崎からスタートします。

----------
2015年10月31日 (土)
午前6時20分 川崎駅に降り立ちます。
東海道を先に進む前に、立ち寄りたい場所がありました。

川崎大師 平間寺 (へいけんじ)
厄除け大師として知られています。

京急線の電車で行けますが、昔の人が詣でたように 歩いて向かいます。

川崎駅から旧東海道を少し引き返し、六郷橋の たもと から大師道 (だいしみち) に逸れます。
川崎競馬場を通り過ぎて、国道409号を歩いて行きます。

第1日目は 気軽な靴で痛い目を見たので、今回はウォーキング用シューズを準備して足取りも軽やかです。
しかし 事前に試し歩きをする機会がなかったので、今が「テスト 兼 本番」です。

7時過ぎ、川崎大師に到着しました。
f:id:ofuku53:20160730234747j:image
仲見世は この静けさ。

f:id:ofuku53:20160730234849j:image
ご近所の方々が 犬の散歩やジョギングで訪れる 静かな土曜日の朝。
お正月には300万人の初詣客で あふれ返ります。

参拝後は 京急線の電車に乗って川崎駅に戻り、東海道歩きを再開します。

川崎宿は 江戸時代の大地震や大火など度重なる災害に見舞われ、明治維新後も 関東大震災や空襲により 往時の宿場の面影は失われてしまいました。

しかし建物は残っていなくとも、この地に暮らした人々や 東海道を旅した人々に思いを馳せながら歩き、心で感じ取ります。

川崎宿のはずれ 八丁畷駅 近くに、松尾芭蕉の句碑があります。

「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」

元禄7年 (1694年) 5月に江戸 深川の庵を発った芭蕉は、郷里 伊賀への帰途、この地で門弟たちと別れます。
そして同年10月、大坂 (大阪) で51歳の生涯を閉じます。

鶴見川を渡り 鶴見駅を過ぎ、さらに歩を進め「生麦魚河岸」を通ります。

魚河岸を通り抜けると「生麦事件発生現場」に遭遇。

文久2年 (1862年)
薩摩藩 島津久光の行列の前を 馬に乗った英国人4名が横切ろうとしたところ、護衛の薩摩藩士に斬りつけられた事件。
翌年に薩英戦争を引き起こします。

なるほど、この地が かの事件の…

生麦事件発生現場」のプレートは、民家の塀に掲げられていました。
この お宅の前がちょうど発生現場なのか? それとも…
(この一帯が、という意味合いだと推察します。)

などと考えながら先に進むと、今度は「生麦事件碑」がありました。
f:id:ofuku53:20160731005449j:image

どうやら、工事のため「生麦事件碑」は仮移設されているようです。
f:id:ofuku53:20160731005429j:image

現代の事情に左右される歴史的事件。

そして左手には「キリンビール」さんの横浜工場があります。

ビール、麦酒、麦、生麦 … ?

旧東海道は国道15号 (第一京浜) に合流し、次の神奈川宿に至ります。

----------
★第2日目
2015年10月31日 (土)
川崎→神奈川
   資料上の距離 : 9.7km + 大師道 約4km
   歩数計 (1日) : 19.58km / 29,821歩