東海道五十三次 歩いてます。→歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

18. 秋晴れの空、足元にあるものは?

早朝の品川駅。京急線の電車に乗り込み、車窓から 朝日に照らされる町並みを眺めます。

品川宿川崎宿神奈川宿の間は、旧東海道京急線が ほぼ平行しています。
先日 何時間もかけて歩いた道を、30分足らずの乗車時間で回想します。

京急神奈川新町駅に到着しました。

2015年11月3日 (火・祝)
時刻は6時30分。
東海道歩き 第3日目です。

神奈川が一躍有名になったのは、
嘉永7年 / 安政元年 (1854年) 日米和親条約 (神奈川条約) 締結の舞台となってからのこと。
その4年後に締結された日米修好通商条約では、神奈川が開港場に定められます。(後に 横浜に変更)
そして、神奈川宿内の多くのお寺が 諸外国の領事館などに充てられます。

異国の風が吹き込む幕末の神奈川を 心に浮かべ、お寺や神社を巡りながら歩いて行きます。

旧東海道は、横浜駅方面には向かわず JR東海道本線の北側を通り、次の宿場 保土ケ谷へ。

歌川広重東海道五十三次・保土ケ谷」に描かれた 帷子橋 (かたびらばし) の跡地を通ります。
(昭和30年代 帷子川の改修により、橋の位置は変更)

保土ケ谷宿の外れから、江戸を出て最初の難所といわれた 急な登り坂が続きます。
旅人が 耳の遠い老人に坂の名前を聞いたところ、老人は自分の名前を聞かれたと勘違いし「権太」と答えたので、「権太坂 (ごんたざか)」と呼ばれるようになったとか。

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澄み渡る秋の空。
坂の上から見晴るかす町並み。

このあたりは「武蔵国」と「相模国」の国境です。

そして今度は 急な坂道を下ります。
茶屋で焼餅・牡丹餅が売られていたので「焼餅坂」(別名 : 牡丹餅坂) と名付けられたそうです。


東海道を歩きながら
空を見上げたり

草木の香りを胸いっぱいに吸いこみ
季節の歌を口ずさんでみたり

道端の花に心を奪われ
川の流れに心をゆだねる

時には 町の静けさに耳を傾け
また時には 現代の喧騒に包まれる


そして足元を見ると、マンホールがあります。
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箱根駅伝の走者が 東海道を駆け抜けています。

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横浜市 保土ケ谷区にて。

とある旅先で その土地にちなんだ絵柄のマンホールを見つけてから、写真を撮り始めるようになりました。

東海道歩きの道中でも多数 発見しております。

歩を進めて行くと、柏尾川に架かる 吉田大橋 に差し掛かります。
歌川広重東海道五十三次・戸塚」に描かれた場所です。
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青空の下を走るバス

橋を渡ると まもなく戸塚駅
本日は ここで終了です。

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★第3日目
2015年11月3日 (火・祝)
神奈川→保土ケ谷→戸塚
   資料上の距離 : 13.7km
   歩数計 (1日) : 27.59km / 39,904歩