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東海道五十三次 歩いてます。→歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

34. 寿命が縮む箱根越え

富士山を望み 心奪われ すっかり芦ノ湖に長居してしまった私は、心のどこかで残りの四里を甘く見ていたのかもしれません。
あとは下るだけだから、と。

ここで、計算をしてみます。
大人が歩く速さは1時間に1里 (4km) 。
もうすぐ冬至、16時30分には日が沈むことでしょう。
今、時計の針は12時30分を指しています。

… 間に合うかな?

早速、往時の杉並木と石畳が残る 趣のある坂を下って… ではなく、また登っていきます。
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鬱蒼とした急坂を登って行くと…

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箱根峠に到達しました。
ここは 相模国伊豆国の国境です。

芦ノ湖を見納めてから、ここで1枚の地図を取り出します。

小田原までは、道中 時折スマートフォンで地図を確認しながら歩いていました。
しかし 箱根の山越えに際して、
電波が届かないかもしれない という懸念と、より詳細な地図を参考にしたいが 荷物はできるだけ軽くしたい という願望。
これらの思いに折り合いをつけて 1枚だけ持参して来たのです。

さて、ここからが長く続く試練の道のりでした。

まずは地図の注意書き通りに、道の駅の先に向かいます。
白線の消えかけた横断歩道に 多少の心細さを覚えながら渡り、右側の路側帯を歩いていきます。

私が歩く狭いスペースは 車道と白線1本で区切られているのみ、油断はできません。
カーブした道の先から突如、車が現れます。
わりとスピードが出ています。
これは心臓に良くありません。

左は車道、右は側溝。
茂みから伸びきった木の枝が突き出し、行く手を阻みます。
しかし、たとえ右腕が枝に引っかかって衣服が破れ 擦り傷を負おうとも、車に接触することに比べれば それは些細なことに過ぎません。

心臓は終始 早鐘を打ち、側溝ぎりぎりの線に沿って足を運びます。

まったく予断を許さない状況です。
私は ただひたすらに右端を歩くのみ。
いずれはどこかに辿り着くはず。
そう思った次の瞬間。

… えっ!?

気付いたときには、なぜか私は道路の真ん中に立っていました。

右を見ても 左を見ても、車道。
車が激しく往来しています。
いつの間にか 道路が合流したり分岐したりする複雑な地点に立っていたのです。

これは大変な事態に陥りました。

もしかして道を間違えたのだろうか?
否、どこにも曲がっていない。
私は ただ右端を歩いていただけ。
でも こんな場所に出るなんて。
やっぱり間違えたのかな?
引き返したほうがいいのかな…

心が折れそうになりながらも、わずかばかりの植え込みのスペースに立ち まずは身の安全を確保します。

ここで引き返すわけにはいかない。
私は先に進みたい。

持参した1枚の地図を両手で広げ 四方を見回し、現在地を確認します。
どうやら道は合っているようです。

しかし、信号も横断歩道もありません。
渡る方向を間違えると 取り返しのつかないことになります。
失敗は許されません。
これは真剣勝負です。

胸の内は心細さでいっぱいですが、不安げな様子でいると 車で通り過ぎる人たちに不審がられるかもしれません。

「私は自分の意志で歩き、今は真剣に地図を確認しています!」
と、勇ましい雰囲気を醸し出します。

よし。
横断する方向が定まりました。

車は絶え間なく走っています。
左から右に視線を動かし、タイミングを見計らいます。

今だ!
右手をサッと挙げ、黄緑色の車の運転手さんとアイコンタクトをとりながら「すみません」と小走りで横断します。

ふーっ 渡った!