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東海道五十三次 歩いてます。→歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

42. 富士の姿を追い求め…

三嶋大社を参拝し、新たな気持ちで次なる一歩を踏み出したのは 2015年12月20日のことでした。
そしてちょうど1年後の今、このブログを記しています。

時は過ぎゆくものですが
旅の記憶は 時空を超えて、まるで昨日のことのように思い起こされます。

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三島宿を過ぎてしばらく進むと、道を挟んで両側に "一里塚" があります。
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道の右側「玉井寺 (ぎょくせいじ) 一里塚」は往時の姿を留めており、江戸 日本橋から29里目 (113.9km) にあたります。

その先 八幡神社の境内には2つの石が置かれており、" 対面石 " と呼ばれています。
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治承4年 (1180年) 平氏追討のため挙兵した源頼朝が 鎌倉からこの地まで出陣したところへ、弟の義経が奥州から馳せ参じ 2人は対面を果たしました。
このあと義経は西へ進み、一ノ谷・屋島・壇ノ浦の合戦で戦功をあげ 平氏を滅亡に追いやりますが、その後 一転して兄 頼朝から疎まれ 命を狙われる身となるのです。
この石に腰掛け 源氏再興の決意を共にした兄弟が、後に決別する運命を辿ろうとは…

などと思い巡らせながら歩を進め、
" 黄瀬川 (きせがわ) " に差しかかったところで右手に顔を向けてみます。
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… 富士山は見えません。

黄瀬川は やがて狩野川に注ぎ込み、
旅する者は沼津宿に足を踏み入れます。
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かつて沼津は城下町でしたが、大火や戦災・道路の区画整理などで宿場の面影は失われてしまったようです。

ところで、沼津の漁港には 新鮮な海の幸をいただくことのできるお店がたくさんあります。
「昼食は沼津港で!」と思いつきましたが…
以前 沼津を訪れた折、たしか駅から港まで 車でもわりと距離があったことを思い出します。
今回、東海道から大幅に逸れ 徒歩で港に向かうなどという時間の無駄遣いは許されません。

足先を 港から東海道に方向転換して歩いて行くと、ほどなくして「千本松原」へ。
あたり一面、松林です。
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千本松原は、駿河湾 (千本浜) に沿って続いています。
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やっぱり富士は 見えません。
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富士山の姿を探し求めながら 沼津を後にして、次の宿場へ向かいます。時は午の刻。

(つづく)

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《 本日のマンホール 》
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富士山と愛鷹山 (あしたかやま) が、足元に。