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東海道五十三次 歩いてます。→歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

43. 田子の浦に うち出でたなら

沼津の「千本松原」を過ぎ、本日のゴール地点と定めた吉原駅まで JRの駅 4つ分を ひたすら真っすぐ歩きます。

民家が建ち並ぶ 道幅の狭い旧東海道を歩きながら、自分が生まれ育った町に思いを馳せます。

私の故郷は 東海道沿いではありませんが、小学校の前を「旧国道」と呼ばれる道が通っており、近くの神社は日常的な遊び場でした。
初詣・秋祭り・七五三詣などの年中行事で訪れ、木々に囲まれて鬱蒼とした境内にある池は 底無し沼 だと恐れられていました。
旧国道沿いには 同じクラスの友達の家が数軒あり、狭い道幅の両脇に 歴史を感じさせる立派なたたずまいの御宅が並んでいました。

今、私は よその地から足を運び 東海道をいっとき通り過ぎるだけの者ですが、
この地に暮らす人たちには それぞれの日常があり、
昔から 生活の側には いつも富士山が在ったのでしょうか…

とりとめもなく考える時間はたくさんあります。

どこの角で曲がればよいか、気にかける必要がないからです。
JR東海道線の線路と並行して、ただただ一直線。
道を間違える心配は 絶対にありません。

片浜駅を過ぎ、原駅のあたりも東海道五十三次の宿場でした。
かつては "浮島沼" と呼ばれる沼地の周囲に "浮島ヶ原" が広がっており、街道のどこからでも富士山が見えたそうです。

原の宿場を歩きながら右側に目を向け、建ち並ぶ家々の間から遠方を眺めます。

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… 富士山は 雲に覆われ見えません。

本日 富士山の存在を感じたのは、三島駅前 青信号のメロディーと、沼津で見かけたマンホール。
曲や絵柄の題材として採り上げられているくらいなので、本来ならば 雄大な姿を目に収めながら歩くことができたはず。
少し残念に思いながらも さらに真っすぐ歩いて行きます。

"東田子の浦駅" を通り過ぎます。
こぢんまりとして可愛らしい駅舎の壁には 富士山が描かれています。
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田子の浦 (たごのうら) …
たしか百人一首の歌にあったような。

田子の浦に うち出でてみれば
白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
(山部赤人)

小学生の頃、歌の意味も分からずに 百人一首を覚えることに熱中した時期がありました。

東海道を歩きながら…
なるほど、"田子の浦" とは このあたりだったんだ!
実際に その地を訪れることにより、にわかに歌の意味を心に感じることができます。

万葉の人々が目にした景色。
真っ白に雪化粧した富士の山頂に 雪がしんしんと降り続ける様子が 目に浮かぶようです。

( 歌に詠まれた古来の 田子の浦 は、現在とは異なる場所だったようです。)

まもなく日が沈もうとする頃、吉原駅に着きました。
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電車に乗る前に 近くの " 田子の浦港 " まで足を延ばします。
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富士山は もう見れなくてよいのです。

見知らぬ町の冬の夕暮れ。
ただそれだけで心に染み入り、
夕陽が静かに照らす港を じっと見つめます。

今日という日を振り返りながら
帰りの電車を待つ駅のホームは とてものどかな空間でした。

向こう側から ご婦人が近寄ってきます。
-岳南鉄道の乗り場はどちらですか?
--すみません、私も初めて来ましたので…

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★第8日目
2015年12月20日 (日)
三島→沼津→原→吉原
   資料上の距離 : 23.4km
   歩数計 (1日) : 25.76km / 44,601歩