東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

48. 富士市・富士山・富士川

青い空 と 白い山。
ささやかに交わす挨拶。
浮き立つ心、軽やかな足取り。

時は平成、27年12月26日 正午。
処は駿河、吉原 (よしわら) と 蒲原 (かんばら) の間にて。

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本日は いつでも富士が すぐそこに。

ほどなくして、広々とした土手に出ます。
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" 雁堤 (かりがねづつみ) "
日本三大急流の1つである「富士川 (ふじかわ)」の洪水から新田を守るため、江戸時代に築造された大堤防です。
難工事に取り組んだ古郡 (ふるごおり) 氏が3代にわたり 50年もの歳月をかけて完成させた2.7kmに及ぶ堤防。
雁が連なって空を飛ぶ様子に形が似ているため、" 雁堤 " と名付けられたそうです。

そして、何と言っても…
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土手から見える富士山が大変素晴らしい。

地元の方々が散歩やジョギングをしています。
富士山が身近にある生活。
この地に暮らす人々を しっかりと見守る富士山。

春には桜、秋にはコスモス と ヒガンバナ
広々とした堤防一面に咲くそうです。

花の咲かない冬でさえ、優美な富士山を眺めて心が解き放たれるのに、季節ごとに花が咲き揃ったなら どれほど見事な景色となることでしょうか。

このまま土手を歩き 解放的な気持ちで進めば良かったのですが…
律儀に旧街道に戻り 車が行き交う県道を歩きます。

まもなく富士川を渡ります。

川の手前に「水神社 (すいじんじゃ)」と「渡船場跡」があります。
江戸時代には船で渡っていたようです。

現在は橋が架かっていますが…
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天下に聞こえた急流。
歩道は狭く、足がすくみます。

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地元の方は平気な顔で、自転車に乗って走り去ります。

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右後方を振り返ると富士山が。
手に汗握りますが、写真は撮りたい。

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やっぱり富士は素晴らしい。

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ああ、怖かった…
川幅の広い富士川を、無事に渡ることができました。

この先 静岡には、安倍川・大井川・天竜川 が待ち受けています。
どのような河川なのか恐れる反面、楽しみでもあります。

富士川を渡り しばらく進み、間の宿「岩淵」を通ります。
住宅地の中で道を間違え、行ったり来たり
まるで不審者のようだと思いながらも…
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足元にあるプレートの " 東海道 " の文字と、
弥次さん喜多さんのイラストに励まされながら歩いて行きます。

岩淵の一里塚 (江戸日本橋から37里目) を過ぎ、

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人の背丈ギリギリの高さの地下通路への階段が目の前に。

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この上を 東海道新幹線が走っています。

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この道で合ってるよね?と思いながら進み、

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東名高速道路の上を渡ります。

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フェンス越しにも富士山が。

富士市を抜けて 静岡市に入ります。
次の宿場、蒲原まで もうすぐです。

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ところで富士川と言えば、上流は山梨県を流れ 川と並行してJR身延線が通っています。

遡ること9ヵ月、身延線の列車に揺られ 山梨県身延山久遠寺」を訪れた記憶が蘇ります。

当時の様子を、姉妹ブログに記しています。
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kakuchi-meguri.hatenablog.jp