東海道五十三次 歩きました。

2015年秋 お江戸・日本橋から歩き始め、2016年秋 京・三条大橋まで踏破しました。

54. 列車が通過するお寺

富士山の姿を心ゆくまで目に焼き付けながら
青く澄んだ空のように晴れ晴れとした気分で薩埵峠を越え、
次なる宿場「興津 (おきつ)」に入ります。

このあたりは交通量の多い国道で、昔の街道の面影を探すのは困難です。

そんな中、興味深いお寺の前を通りかかります。

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『清見寺 (せいけんじ)』
正式には「巨鼇山 清見興国禅寺」(こごうさん せいけんこうこくぜんじ)

7世紀 天武天皇の頃、
清見関 (きよみがせき) という関所と共に 仏堂が建立されたのが創建として伝わるそうです。

室町時代には足利尊氏今川義元により保護され、水墨画家の雪舟も訪れたとのこと。
お寺は高台にあり、駿河湾と三保松原が望めるようです。

また、徳川家康が幼少時 今川氏の人質として駿府に在った頃、
清見寺の住職 太原雪斎 (たいげん せっさい) の元を訪れ学んでいました。

このように歴史深く由緒ある清見寺には 他にも数々の著名人が訪れ、見所もたくさんあるようです。

残念ながら今回は見学する時間がなく、総門を眺めているだけです。

… と、そのとき。

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なんと、境内をJR東海道本線の列車が通過しました。

明治22年 東海道線が開通した際に
最寄りの興津駅が開業し、清見寺 境内の一部は鉄道敷地とされたとのこと。

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そして 興津宿を過ぎて、
次の宿場「江尻 (えじり) 」に向かいます。
最寄りはJR清水駅

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このような道を通り、

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このような川を渡ります。

とある横断歩道にて 信号待ちをしていたときのことです。
中学生と思しき少年たちが数名、友達同士ふざけ合って大声を出しながら 自転車でこちらに向かってきます。

関わり合いを避けるべく気配を消していましたが…
通り過ぎるときに彼らは言いました。
「驚かせてごめんなさい、お姉さん!」

お姉さん… 悪くない響きです。

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少々複雑な気持ちを抱えつつ、1本の松の木を挟んで 彼らは左へ向かい、私は右の旧東海道へ進みます。

このあたりは「細井の松原」

旅人が涼めるように、と江戸時代初期に植えられ かつては1,000本以上あった松も、現在はこの1本を残すのみ。
太平洋戦争の際、航空機燃料の原料として伐採されたそう。
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時計の針は14時を指しています。
清水駅の売店で「ちびまる子ちゃん」のイラストが描かれたお菓子を急いで購入し、14時09分発の電車に駆け込みます。

本日は途中下車して、蒲原駅から清水駅まで 3駅分歩きました。
我が故郷まで、各駅停車で あと7時間の旅路をゆきます。

駿河の皆様、良いお年をお迎えください。

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★第10日目
2015年12月29日 (火)
蒲原→由比→興津→江尻
   資料上の距離 : 17.1km
   歩数計 (1日) : 18.41km / 28,596歩